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07



「……却説さて、朝飯で腹も満たしたし俺は死にに逝ってくる」

「不吉だね!?ってツッコみたいけど強ち間違いじゃないから笑えない」

「あ、朝飯美味かったぞ。有難うな、燭台切」

「すごい自然に頭撫でてくるよこの主」

「ていうか主は何だ?戦にでも出るのか?」

「いや、大将は今から長谷部と加州の手入れに行くんだ」

「手入れかよ」


薬研と鶴丸が俺の後ろでこそこそ話しているが無視だ。霊力の低い俺にとっては割と生死に関わるんだよ。
ちなみに今日の朝飯は大根の味噌汁と出汁巻き卵だった。昨日みたいにしょっぱすぎることもなく改めて燭台切は良い嫁になれると実感した。男だけど。


「流石に一気には無理だから午前と午後で一人ずつ手入れしようと思うんだが、どっちからが善いんだろうか…?」

「うーん…どっちも大変な事には変わりないと思うけどね…」

「大将が手入れ部屋で待っててくれりゃあ俺達が判断してどちらかを連れてくぜ?」

「初めて会う奴より俺達が行った方があいつらも良いだろうしな」

「其れもそうだな、じゃあ頼む」


俺は怪我人を連れて来るのを三人に任せて、一足先に手入れ部屋に向かった。


***


光坊がほとんど意識のない長谷部を担いで、俺達は主の待つ手入れ部屋に向かった。
長谷部や加州は俺達と違ってほとんど休む暇なく出陣を繰り返していたから怪我が酷い。加州はまだ意識があったが、長谷部はもう息をするのがやっと、という状態だった。特にこいつは主命に重きを置いている奴だったから、一層努力していたんだろうな。主に褒めてもらうために。


「待たせたな、大将」

「嗚呼……予想より酷いなそいつ。意識もないのか」

「うん……長谷部君、頑張ってたから」

「そうか。…早速始めよう」


主に促された光坊は長谷部を手入れ部屋に入れると、俺の隣に腰を下ろした。その様子を見届けた主は予め用意しておいた資源と自分の霊力を使って手入れを開始した。手伝い札なんかこの本丸にあったんだな。
その直後どさり、と主が倒れた。


「な!?主!?」

「あー…やっぱり倒れちまったか」

「主ー?大丈夫かい?」

「冷静だなお前ら!」

「僕は自分の手入れの時一度見てるしね」

「俺なんか今回で三度目だ」


生きてるか大将、と薬研が主を揺する。呻き声と薬研を制止する声が聞こえてくるから生きてはいるのだろう。
まさか前兆もなしにいきなり倒れるとは、流石に驚いた。朝のやり取りは大袈裟ではなかったんだな。


「……此れはヤベェわ。体を動かすどころか顔を上げるのさえ億劫だ」

「長谷部は俺たちの中で一番重傷だったからなあ…。大将の霊力の消費もそれに比例して激しいんだろ」

「そう言いつつ何で俺を揺するのを止めないんだよ薬研お前」

「そりゃそろそろ長谷部が出てくる頃……お、噂をすれば」


薬研の声に俺達は襖の方を向く。ちなみに主は未だに顔さえ上げていないので主は除く。


「よかった、長谷部君。怪我もすっかり治ったみたいだね」

「ああ……、主が手入れしてくださったのか?」


長谷部の言葉にその場にいた主以外の全員がぎくりと体を強張らせる。
違う、違うんだ長谷部。あの男はお前を見ていなかった。きみはあの時既に動けない状態だったから知らないだろうが、あの男は俺達に散々好き勝手しておいて挙句の果てに逃げたんだ。
しん、と静まり返った空間で一番最初に声を出したのは薬研だった。


「長谷部、新しい主が来たんだ。あんたを手入れしてくれたのはここに居るこの御方だ」

「………新しい主?」

「あっほら大将!顔上げねぇと長谷部が見えないだろ!」

「頭を叩くんじゃねェよ莫迦」

「………燭台切」

「え、僕に説明を求められても…!」


未だにうつ伏せの状態から動く気配のない主とそんな主の頭をぺしぺしと叩く薬研。その二人の様子を見て光坊に説明を求める長谷部と困る光坊。
うん、段々収拾がつかなくなってきたな。ここは最年長者としてこの俺がなんとかせねば。


「長谷部、いろいろ言いたいことはあるが、そうだな……先ずお前が言っている主はもうこの本丸にはいない」

「何…?」

「逃げたんだ、彼は。俺達を放って、な」

「逃げた…?主が、何故…!?」


俺はまだ主命を遂げられてなどいないというのに…!
長谷部の顔が悲痛に歪む。そうだ、長谷部は俺たちの中でも一層あの男に心酔していた。どんなに酷いことをされようと、どんなに無茶な主命を受けようとも、こいつはあの男に従っていた。


「あー…取り込み中悪いがそろそろいいか?」

「主、もう動いて大丈夫なの?」

「全然大丈夫じゃねェよ。この後誰でもいいから俺を部屋まで運んでくれ」

「任せろ大将!俺が引きずっていってやるよ!」

「訂正、薬研以外で頼む」

「話が逸れてるんだけど」


光坊の呆れた視線を悪い悪い、と軽く受け流した主は、まだ動くのが辛いのか畳を這うように移動して壁に凭れ掛かった。


「先ずは自己紹介だな、俺は昨日から此処の本丸を任された者だ。えーっと…へし切長谷部、だったか?お前の言う主は先刻さっき鶴丸が言った通り、此の本丸から逃亡した挙句現在は行方不明だ」

「あの、主が…」


そうか、と静かに言葉を零した長谷部の表情は複雑に歪められていた。


「ま、そんな訳で俺が代わりに此処に来たって感じだな。一応初心者なりに手入れはしてみたが、具合は如何だ?」

「いいえ、特には。態々お手を煩わせてしまい申し訳ありません、主。……俺はへし切長谷部と言います。ぜひ長谷部とお呼びください。主命とあらば、何でもこなしますよ」

「え、重いな」

「うん、主はちょっと黙ろうか」


光坊が主を諌めた。あいつ新しい主には割とはっきり物申すなあ。


「そんな睨むなよ、燭台切。…で、俺が此処に来た上で知ってほしいことが一つある。……薬研と燭台切には言ってあるが、俺の霊力は友人曰はくミジンコ以下だ」

「「みじんこ」」


俺と長谷部の声が重なった。霊力ミジンコ以下とか初めて聞いたが、先程の長谷部の手入れの様子を見ていたからすんなりと納得できた。
なるほど、あの時倒れたのは主の霊力が低すぎて、長谷部の手入れで使い過ぎたからだったのか。


「そんな感じだから不便もあると思うがとりあえず宜しく」

「よろしくお願いします、主。……早速ですが、俺に何かすることはありませんか?」

「ええ…本当に早速だな…。手入れも終わったばかりなんだ、もう少し休んだら如何だ…?」

「それは主命ですか?」

「別に命令じゃねェけど……あ、一つあるわ。お前にやってほしい事」


主はぽん、と手を叩いて長谷部を見た。その様子を俺達は静かに見守る。
多分ここで主が長谷部に無茶な命令を下そうものなら、宣言通り俺は彼を斬っていたところだ。


「何です?家臣の手討ち?寺社の焼き討ち?…それとも三日月宗近の捜索ですか?」

「お前其れは本気なのか?冗談なのか?あと三日月宗近って誰だよ。…俺が頼みたいのは、俺を部屋まで運んでくれっつーことだよ」

「主を部屋に、ですか…?」

「ちょっと待ってくれや大将!それはさっき俺がやるって…!」

「いや、だから何でお前が真っ先にやりたがるんだよ!?お前俺を引きずってく気満々じゃねーか!」

「だめなのか?」

「寧ろ何で良いと思った。……そんな訳で頼むぜ、長谷部」

「お任せください!この長谷部、謹んで拝命いたします!」

「お、おお…。嬉しそうで何よりだよ…」


その後一区切りついたところで、長谷部は主を部屋まで運んで行った。
残ったのは俺と光坊、そして薬研。長谷部の足音が聞こえなくなったところで、光坊が口を開いた。


「…鶴さんさあ、さっき主のこと斬ろうとしてたでしょ」

「はは、ばれたか?」

「バレバレだぜ、旦那。大将も気付いていたんじゃねぇか?」

「俺も見境なしに斬るつもりはなかったさ。主命の内容によっては、ってところだ」


きみらもそうだったんじゃないのか、と笑えば、薬研は溜め息を零して、光坊は困ったように笑った。


「…俺は、大将はあの男とは違うって思ってるよ」

「僕も薬研君に同感かなあ」

「意外だな…。もっと警戒してもいいだろう?」

「だってなあ…」

「だってねえ…」


意味ありげに二振りが頷き合う。なんだなんだ俺だけ仲間はずれか。


「俺だって最初大将をあの部屋で見た時は随分動揺したんだぜ?けどよ、その後手入れ部屋を出て目の前に大将がうつ伏せに倒れていた時のことを想像してみろ。俺はそっちの方が動揺した」

「僕もだよ。薬研君が彼を連れてきた時、僕すごい警戒していたんだ。でも想像してみてよ、手入れ部屋から出て一番最初に目に入ったのがうつ伏せに倒れた主と彼を激しく揺する薬研君だよ?」

「あ、ああ…」


詰め寄ってくる二振りの気迫に押されて俺は思わず首を縦に振った。
そんな俺の様子を見た光坊と薬研は、顔を見合わせて笑い合う。


「その後もいろいろあったしな、燭台切が泣いたりとか」

「うっ…それはもう忘れてってば…!あんな無様な姿を見られるなんて…!」

「でもそれがきっかけで俺は、ああ、このお人なら信じてもいいかもしれない、と思えたんだよなぁ」

「……不本意だけどね、僕もそう」


久しぶりに見た二振りの笑顔に俺は肩の力を抜いた。
確かに、新しい主は見ていてこちらが気の抜けるような人だった。彼ならば警戒する必要はないのではないかと思えるほどに。けれど、


「(今朝、俺の殺気に気付いたあれは本物だった)」


二振りの言う通り悪い奴ではないのかもしれない。それでも得体が知れないのは確かだ。


「鶴さん?」

「ん?ああ、いや…そうだな、俺も適度に警戒して適度に信じることにするさ」

「はは、鶴丸らしいな」


薬研がそう言って笑うものだから、俺も違和感を払拭するように釣られて笑みを零した。


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