04
「……は?おい、燭台切…!?」
「あはは…ごめん主、僕は大丈夫だから」
ぽろぽろと涙を流す燭台切に思わず目を見張った。目の前の奴は困ったように笑って何度も平気だと言う。確かに悲しみなど負の感情で涙を流しているわけではないと思うが、突然のことすぎて正直付いて行けない。
俺が何したっていうんだ。
「何、してんだ…大将」
燭台切を宥めようと彼に伸ばした手を思わず止めた。燭台切の後ろ、部屋の入り口には薬研が呆然と立っていた。
あ、拙い。何が拙いって此の場面だけ見たら俺が燭台切を泣かしたみたいじゃねェか。いや、実際には泣かしてるんだけども。其れは不可抗力であって。
「ご、誤解だ!」
慌てた俺は思わずそう声に出した。
燭台切が浮気現場を妻に見られた夫みたいだ、と呟いた。……俺も其れには全くの同意だ。
抑々こんな事になっているのは少し前に遡る。
***
「主ー、夕餉の支度が出来たよ」
「お、」
俺が前任者の使っていた部屋を綺麗さっぱり片付け終えた頃、厨房で夕食の支度をしていてくれた燭台切が顔を覗かせた。
「わ、綺麗になったね、この部屋…」
「まあな。此れから暫くは俺が使うし、俺のなけなしの霊力を使って空気ごと一新してみた」
「ああ、だから机に突っ伏したまま動かないんだね…」
燭台切の呆れたような視線が痛い。此奴といい薬研といい順応力高いな此処の奴等。
「一応使えそうな食材で肉じゃがを作ってみたんだけど、食べれそう?」
「食べる食べる。食欲はあるからな」
俺の前に置かれたのは肉じゃがと炊き立ての白米だった。
「うわ、すげぇ美味そう。お前良い嫁になれるぞ」
「うん、僕刀だし男だから嬉しくないかな」
「そうか、まあ俺もお前が嫁は嫌だけどな」
「ひどい」
しくしくと泣き真似を見せる燭台切を無視して、俺は箸を手に取る。頂きます、と手を合わせてから箸を食事に伸ばそうとして、そして一旦止めた。
「………燭台切、」
「な、何だい、主」
「そうじっと見られると食べにくいんだが。つーか何で緊張してんだよ、お前」
「え!?えっと……ご、ごめん」
じゃああっち向いとくね、と俺の方から顔を逸らす燭台切。此奴の挙動不審の行動は気になるが、今は腹を満たすことが優先だ。僅かに視線は感じるが先刻よりマシなので気にしないでおく。
俺は肉じゃがのじゃがいもを取ると一気に口に運んだ。
「しょっぱ!!」
口に入った瞬間に広がる塩分。此の塩辛さは明らかに異常だ。
「燭台切…お前…!どんな味付けしたんだよ此れ…!」
口の中のものは何とか飲み込んで燭台切を睨みつける。
此れはあれか…?新人の俺への嫌がらせか?と言いそうになった処で、燭台切の様子の異変に気付いた。
「おい…?」
「っごめん!僕すぐに作り直してくるから!」
「は?いや、ちょ、俺の話を聞け!?」
顔面蒼白な燭台切は俺の制止も聞かず立ち上がって、部屋を出て行こうとする。
「一旦落ち着けよお前…!」
何かに脅えるように俺を見る燭台切の腕を捕まえて、俺は先刻まで彼が腰を下ろしていた場所にもう一度戻らせる。
座っても尚目を合わせようとはしない燭台切に、一度溜め息を零して声を掛けた。
「あのな、何もそんなに怯えることないだろ?其れともこの味付けは態となのか?」
「…違う」
「だろ?だったら次からは気を付けてくれりゃあ其れでいいよ」
「うん…」
「………燭台切、口開けろ」
「へ?」
まだ沈んでいる燭台切にそう促す。よく解っていない彼に疾くしろ、と急かして開けさせた口の中に肉じゃがの人参を放り込んだ。
「しょっぱ!!」
「嗚呼、しょっぱいな」
「何もいきなり口に突っ込むことないじゃないか…」
「悪い悪い。でも今度から味見しろよ」
「うう…、ごめん。いつもは味にも見た目にも細心の注意を払ってるんだけど…久しぶりだったからちょっと緊張してて」
流石にこれは食べられそうにないね、と力なく笑って食事を片付けようとする燭台切を俺は止める。
「別にいい、此の侭で」
「え!?」
「一食くらい塩分過剰摂取しても平気だろ」
「え、え!?」
「抑々なァ、人に態々メシ作らせておいて不味いを理由に食べない程俺は性格悪くねェんだよ」
白米あるからいけるだろ、と俺は肉を口に運んだ。うん、しょっぱい。
「だ、大丈夫かい…?」
「平気だって。毒が入ってるわけじゃねェんだから。……明日のメシ、期待してるからな」
そう言って燭台切を見る。そして停止。
「……は?おい、燭台切…!?」
こうして冒頭に戻る。
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