この国には兎の穴と言う異世界に繋がるゲートがある。
神出鬼没に現れる入口としての穴。
そして女王の管理下に置かれている出口としての穴。

それはハートの女王城の最上階の部屋に保管されている。

ホール状の丸い部屋、天井はステンドグラスで神聖な雰囲気を出していて。
その部屋の真ん中に一枚の扉が設置されていた。
真っ白でシンプルなデザイン、しかし豪華な装飾が施された扉がゲート兎の穴であった。

その扉の前でアリスは息を飲んで佇んでいた。

アリスの格好はいつもの青いエプロンドレスではなく初めて色の国に来たときの制服。


(この制服も久しぶりだわ)


久しぶりに着たため違和感を感じる。
あのエプロンドレスが酷く馴染んでいた。
でもあの服を着ることはもうないのだ。

今日この日、アリスは元の世界へと戻るためにここにいた。


(帰れる。元の世界に)


ちらりと背後を見るとダイヤにロウにメアリー、チェシャとビットがいた。
その奥にエミリアとタクトの姿もある。

初めて出会った日のメンバーだ。


「…最後にキャンディちゃんやリエヴルくん達にも会えないのは辛いわね」


振り返り頬をかきながら笑うアリスにビットは、いえと言う。


「今回は急でしたので仕方ありません。僕から伝えておきます」

「うん、お願いね」

「…」


また無言になる。
皆どう言っていいものか口に出せないでいる。


「…じゃあ行くね」

「…ハイ、お元気で」


いつまでもこうしている訳にも行かずアリスは全員の顔を見る。
最後であろう皆の顔を記憶に焼き付ける。

そのまま扉に振り向きドアノブに手をかけ開けようとするが。


(でも、私)


動きの止まったアリス。
ビット達は不安そうに見つめる。
よく見るとアリスの身体は小刻みに震えていた。


「アリス?」

「っ…!」


『お前迷ってンのか?道案内してやるよ』

『大丈夫です!必ず僕が原因を突き止めて見せます!』

『中々良いだろ?こんないい天気なんだから外でお茶ってのも活きだよな』

『ウチからしたら、みーんな子供や』

『ボクにも何か出来る事があったら言って』


脳内を駆け巡るこの国の記憶。


「私っ!」


ドアノブから手を離し音を立てて扉に背を預け俯く。


「帰りたくないッ…!」


目から涙を流しながらアリスは叫んだ。
驚くがビットは冷静になって話しかける。


「アリス、キミ何を言ってるのか」

「わかってるわ!元の世界に帰りたい、って最初は思ってた。でもそれ以上に皆の事が大好きになって、お別れしたくないの…!」


吐き出されるアリスの想いを皆痛いほどわかっていた。
今までずっと一緒だったから。
だからこそ。


「アリスなんて元の世界に帰ればいいんだ。ベタベタされなくて、ボクはせいせいするよ」

「え?」

「早く帰れよ、もう」

「…ダイヤそんな顔で言われても、な」


ポンとダイヤの頭にロウは手をおく。

アリスは涙で前がボヤけているが手で涙を拭き、よく見てみると


「っく、アリスなんて、きらいだぁ…!」


大きな涙の粒を流しながら目を真っ赤にさせたダイヤの顔。
ぐしぐしと服の袖で拭くが後から後へと涙が溢れている。

アリスは異世界人だ。

いつかは帰る。
その時が来たら出来るだけ笑顔で送り届けようと思っていたのに出来なくて歯痒い。
だから嫌われるような口振りを無理矢理してみるも、駄目だった。


「ダイヤちゃん」

「本当はボクだってアリスにこの国に残ってもらいたいよ!でも、アリスにも帰る場所がぁ…」


いよいよ本腰で泣き始めたダイヤの頭をロウはポンポンと宥めるように軽く叩いてやり口を開いた。


「皆アリスと同じだ。一緒にいたい」

「けどな、アンタは現実の人間でウチらは御伽の人間や」


寂しそうな顔のメアリーに


「だからお前は帰らなくちゃ行けねぇ。でもよ」


鼻の頭が赤くなっているチェシャ。


「僕達はずっと繋がってます。たとえ離ればなれになってもずっと友達です。大丈夫ですから泣かないでください」


ハンカチを差し出すビット。


「みんな」


また涙が溢れるがビットから受け取ったハンカチで拭い去る。


「うんうん。ずっと友達だよね。…私、前に進むわ」


鼻をすすってアリスは笑う。
無理矢理笑っているが先程の迷いがなかった。
その様子に安心する。
泣いていたダイヤも泣き止んだ。


「今まで素敵な時間をありがとう」


アリスは言うと今度こそ扉を開いた。
扉の先は真っ白で臆することなくアリスは足を踏み入れる。


「バイバイ、また遊んでね」


扉が閉まる瞬間アリスの最後の声が聞こえた気がした。

パタリと閉まりきった扉をまだ見つめるダイヤ達の後ろ、遠目で最後まで見届けたエミリアとタクトは息をつく。


「行ってしまいましたわね」

「ああ」

「暫く【青】は欠番かしら。寂しくなりますね…」

「…そうだな」















カチ

カチ

カチ

ゴーンゴーン…


「!」


時計の鐘の音で目を覚ます。
自分は倒れていたようでぼーっとする頭で上半身を起こす。


「ここ」


古い本が錯乱しているここは色の国に行く前に居た図書館の開かずの部屋。

ということは


「私帰ってきたのね…あれ?」


自分の近くに転がっている一冊の本を手に取る。それはアリスが色の国に渡るきっかけになった茶色い背表紙をした本。

その本をぎゅっと胸に抱く。
また涙が溢れた。


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