「こんにちはっ」


実家に帰って数日。
いつもの服に帽子の姿でダイヤはロウの実家、クラブの帽子屋家に足を運んでいた。

ノックをして古い年期の入った二枚扉の片方を開けて中を覗き見る。

声に気づいて奥から白髪頭の燕尾服を着た年老いた執事が出てきた。
老執事はダイヤを見ると柔らかく笑う。


「お久しぶりで御座います。ダイヤお嬢様」

「久しぶりじいや。まだまだ現役だね」

「ほっほ。若い者には負けますよ」


ロウの家に勤めるこの老執事とは以前から面識があった。

事件が起こった直後、ダイヤは一時期ロウの家で預けられた事がありこの老執事はその時から自分の事を気に掛けてくれている。

またメイド達も良くしてくれてとても暖かく感じた。
ダイヤはそんなクラブ家の使用人達が大好きであった。


「ロウは?」

「坊っちゃんでしたらお部屋で御座いますよ。もしかしたら先程のダイヤお嬢様のお声に気づいて…あ、来られましたな」


老執事が見上げた先を見るとロウが嬉しそうに足早に二階から玄関ホールへと出てきたところだった。


「いらっしゃい!来てくれたんだな」

「来てって一応言われてたし。てかお前足元気を付けないと…」


玄関ホールに続く階段を下りようとした瞬間、ダイヤの予想通りと言うべきかロウは足を踏み外した。


「あ」

「あ、」


嗚呼またミスってしまった、とロウは呟き、派手な音を立てて階段を滑り落ちていった。


「ロッ、ロウ坊っちゃぁああああん!?」


屋敷の中を老執事の叫び声が響き渡ったのは言うまでもない。


***


「…痛ッ痛い痛いです、ダイヤさん」

「自業自得だろバカ」


様々な種類の植物を育てているクラブ家の温室。

そこに設置されている机の椅子に座りながらダイヤは氷のうでロウの階段から落ちた際に強く打った頭の部分を押し付けて冷やしていた。

グリグリと力を入れてやると、痛いと声を上げるが自分の性だと言ってやるとロウは押し黙る。


「もういいだろ。後は自分で冷やしてよ」


氷のうを手渡すと先程メイドが淹れてくれたコーヒーに口をつけようとするがふと動きが止まる。

それにロウは首を傾げた。


「どうした?」


「…ビット達の方、何かわかったかなって思って」

「ああ」


数日前の事を思い出す。

こちらに来る前にビットはカラーレスの手掛かりを探すため旧図書館へと行くと言っていた。

サラ達の事もあるが、大きな元凶となったのは無色の住人と名乗る彼。
未だに謎が多い無色の住人。

日が経つに連れて本当に手掛かりが見つかるのだろうか?と心配が心に影をさしていた。


「今日帰る手配になってるんだ。帰ったら状況聞いてみよう?」

「うん」


ロウの言葉に頷く。
今度こそカップのコーヒーを飲もうとした時。


「あ〜それな、ちょっとは進展あったみたいやで」

「そうなの?…って、え」


突然掛けられた第三者の声にダイヤとロウはバッと振り向く。
視線の先にはちゃっかりとお茶菓子を食べている見慣れた白の夢魔。


「メアリー?!」

「いつの間に…使用人達は気付かなかったのか?」

「ふふん、ウチは夢魔やで?実体化しないで忍び込むなんて朝飯前や。見くびらんといて」

「神出鬼没過ぎる…でもこれって不法侵にゅ、」

「ダイヤストーップ。野暮なことは言ったらアカンで」


友人とは言え貴族の家に無断で入って来たのだ。見つかって下手したら捕まるぞと言いたいが、メアリーに指で唇に触れられ言葉を制される。

続けてぷにぷにとつつかれる始末。
ちょっと止めろ。

ちなみにこの光景を見ていたロウがいいな、と呟いていたのは蛇足である。


「とにかく、アンタらが実家帰りしている間にビットらがカラーレスの手掛かりを探り当てたらしいで」

「やったな。これで」

「カラーレスの謎やもしかしたら対抗策が見つかる。ビットが解析中やけん、また近々呼び出しあると思うわ。用件済んだしウチは先に帰るで」

「わかったよ、ボク達も今日帰る予定だから」

「じゃあ皆にも伝えとくわ。ほなな!」


そう言いメアリーは光の粒子になって消えた。
残された二人は帰り支度をするため立ち上がった。


戻ろう皆の元へ。




ここでほんの少しだけこの御伽話の時間は巻き戻る。
カチリカチリ、と歯車は回り巻き戻る。


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