※高銀/現代
「…悪ぃ、やっぱ無理だわ」
「え…?オイ、ちょっと!」
脱ぎ散らかしたシャツを引っ掛けて、止める声に振り向きもせず駆け出した。
ああもうどうにでもなっちまえ、と知らない腕に身を委ねても何かが足りない。どんなに姿が似ていても、同じ香りを纏っていても。抱かれたいと願うのは、たったひとりだけだと気付く。そうしたらもう、いてもたってもいられなかった。
「…っ、はッ、はあ、」
走る。走る。ひたすら走る。きっかりふた月ぶりに通る道。散々な喧嘩別れをして以来、頑なに避けてきた道程だけれど、ためらいもせず体は動く。
―――ピンポーン…
無我夢中でたどり着いたドアの前、インターホンを押したところで我に返った。いったいおれは何してんだろう。いきなり連絡もなしに押しかけて。高杉のことだ、女と居る可能性だって十分にあるというのに。乱れた息をひとつ吐いては、不安ばかりがわき上がる。ガチャリ、ドアが開くまでの時間が、気が遠くなるほど長く感じた。
「…よ、久しぶり」
「…何の用だよ」
何の。何の?自分でもよくわからない。適当に引っ掛けた男がテメーによく似てて、だけど、だからこそ忘れたはずのことを色々思い出して、
「あ…、え、と」
そうだ、誕生日。今日はこいつの誕生日だって、なだれ込んだベッドの脇でつめたく光る文字に気づかされて。それを引き金に飛び出して、気づいたらここに来てたんだよ。
「誕生日…おめでとう」
「え、」
「それだけ。じゃあな、」
だめだ。居た堪れなくて背を向けた。何か言葉を返される前に立ち去ろう。そう思った途端に、ぐい、と。つよく腕を引かれて、ふらり。よろめいた体を抱きとめられる。
「ったく…なんなんだよ、テメーは」
続いてため息と共におちてきた言葉は、予想していたものより随分と穏やかだった。
「ずっと音沙汰なしで、かと思えばいきなり押しかけてきやがるしよォ…」
「……悪ィ、」
そして沈黙。軽口を叩くのは得意なはずなのに、打破する言葉が見つからない。こんな時ばかり役立たずな自分の口が憎らしい。
そろりと窺うように顔を上げた先には、見飽きるほどに焼きついた不敵な笑みでもなければ、記憶の一番手前に居座る、怒りを顕わにしたものでもなく。こいつにはちっとも似合わない、なんとも言えない半端な表情が浮かんでいた。
まどろっこしいのはお互い嫌いなはずなのに。それがどうしてか、今は情けないツラをぶら下げて、揃って足踏みしているようだ。
なあ、ここからもう一度、おんなじ一歩を踏み出せたりはしないかな。できれば抱かれる腕だけじゃなく、隣を歩く足だって欲しい。
「なあ」「おい」
漂う気まずさを破ったのは、ふたつ同時に重なる声だ。それを合図に、ふた月前に止まった時間が、ゆっくり流れ出すのを感じた。
Re:START
(10/08/11)
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