あなたに熱中症
「土方くんの膝の裏舐めたいなあ」
いきなり顔を出したと思えばこれだ。もはやため息すら吐く気にならない。
「…暑さで頭沸いてんのか」
「ばっかオメー、銀さんがこれしきの暑さにやられるわけねえだろうが」
「ああ、元から脳みそ溶けてんだっけな」
「脳みそがマヨネーズでできてるような奴に言われたくねえんだけどオオ!」
「でけえ声出すんじゃねえ、変態がうつる」
普段ならここで釣られて大声で応戦するところだが、生憎そんな気力は残っていない。連日、炎天下で捕り物に追われていたのだ。今日は休む。何としてでも休む。こんな毎日が休日みたいな野郎に邪魔されてたまるか。
だいたい、今日が非番だとは伝えていなかったはずなのに、いったいどうやって嗅ぎ付けたのか。ひょっこり現れたこの男は、ここが然も自宅であるかのようにくつろいでいる。
「そんな変態に組み敷かれてアンアン言ってたのはどこのどいつだよ」
「てめえの妄想とごっちゃにしてんじゃねえよ、現実見ろ万年ニート」
だからてめえはマダオなんだよ、と吐き出す紫煙に乗せて吹っ掛けてやる。
「土方くんんん?!なんか今日やけに冷たくね?あんまりつれないと銀さん泣いちゃう」
じっとりと拗ねた視線を送られて、募っていた苛立ちが沸点を軽々と飛び越えた。
「てめえが暑っ苦しいからだろうがアア!もう帰れ、今すぐ帰れ!」
「おー、やっといつもの土方くんに会えた」
「はあ?…って、おい、」
つい『いつもの』調子で声を荒げた俺を見て、ふ、と安心したように笑ったそいつは、そのままぱたりと床に倒れ込んだ。
「てめえやっぱり暑さにやられてんじゃ、」
まさかこいつに限って熱中症なんてことはないだろうと思いつつも、一瞬どきりと跳ねた心臓を無視することはできずに、様子を窺おうと近づいたその瞬間。
「……ッ!てめ、」
ああ、やられた。
気を緩めた一瞬のうちに恐ろしい速さでもって俺を引き倒したそいつは、着流しの裾を割ってふざけたツラでこちらを見遣る。今までだって、何度騙されたか知れないというのに。学習しない自分が腹立たしい。いつもいつも、気がつけばこいつの思い通りだ。
反射的に繰り出した脚を、待ってましたとばかりに掴まれて、
「じゃ、いただきまーす」
べろり。這い回る舌が熱い。触れられた場所が疼いて、更なる熱を帯びていく。
「ばっ…や、めろ、」
「土方くんさあ、膝の裏も性感帯だって知ってた?」
「し、るか…しつけえんだ、よ、離せ!」
「とか言って、ちゃんと感じてんじゃねえの」
「ン、あ」
ぐらり、揺れる世界の外側で鳴き喚く蝉の声が遠くなる。聞こえるのは、室内の酸素を奪い合うふたつの呼吸。からだが熱くなるほど視界が霞んで、こうして結局、流される。もしかすると俺は学習しないというよりも、学習する気がないのかもしれない、なんて。ぼんやり思ってしまったこの頭も、どうやらこいつが与える熱に侵され始めているらしい。
(少しの油断でみるみるうちに重症化、それはまるで熱中症だ)
(10/08/04)
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