カランコロン、扉を開くと同時に鈴の音がゆったりとした店内に鳴り響く。すぐに店員が入口までやってきて、爽やかな営業スマイルを向けてきた。

「いらっしゃいませ」
「あ、カットお願いします」
「かしこまりました、担当者のご希望はございますか?」
「あー、と、じゃあ、坂田さんで」

少々お待ちください、と言って店員は奥の方に早歩きで戻っていった。入れ違いで出てきた店員は眠そうな目をこすりながら、ゆるい笑顔で俺に目を合わせてくる。

「土方くん、いらっしゃい」
「お久しぶりです」

銀色の髪をしたこの店員と顔を合わせるのは、これが初めてではない。ここの美容院には一年ほど前から通っていて、月一のペースで来ているから今日で会うのは12回目だ。

「シャンプー台へどうぞ」

相変わらずゆるい笑顔で、ゆるい話し方で、坂田さんは接してくる。この空気が、俺は好きだった。
高校の友達とは違った空気を纏っている坂田さんに会える月一の日を、楽しみにしている自分がいた。

「また伸びたね」

ゆるゆると俺の髪の毛をとかす坂田さんの指は、とても気持ちがいい。
シャンプー台の椅子が倒されて、仰向けの俺は坂田さんを見上げる状態で、いつもこの瞬間だけ、少し気恥ずかしい。だからって何かあるというわけではないけど。

「あの、坂田さん」
「ん?」
「髪伸びてもうまくまとまらせるにはどうすればいいですか」
「え、月一でカットしてれば問題ないでしょ」
「いや、それが暫く来れそうになくて」

言ったあと少しの間があって、坂田さんは「あ、そうなの」と反応を示した。
今はまだ月4000円を美容院代にかけられるのだが、嫌なことに俺は今年受験生なわけで。考えたくはなかったが、今やっているバイトをやめなくてはいけないし、それでは月4000円の美容院は少しお高い。削るべき出費は言わずもがなこれしかなかった。

「そっか、受験生だったんだっけ」
「はい」
「なんだ、残念」

髪の毛を洗う手をわしゃわしゃと動かしながら、本当に残念そうに言うもんだから思わず「やっぱり来ます」なんて言いそうになってしまって、慌てて口をつぐんだ。

「やっぱ高校生にはちょっと高いかもなあ」
「はは、そうっすね」
「受験生かー、俺大学行ってないからよくわかんないけど結構イイトコ狙ってんの?」
「まあ、それなりに」
「土方くん頭良さそうだもんな」
「そんなことないっすよ」

何気ない会話をしながらも、途中途中で坂田さんは「髪をまとめる方法ねー」と考えているようだった。
髪の毛をかきまぜる手が気持ち良くて、うとうとと瞼が下がってくる。夢の世界へと旅立とうとした時、坂田さんが何か閃いたような声を発するのがうっすらと聞こえた。

「そうだ、土方くん」
「なんですか」

まだ眠気は取れなくて、瞼は閉じたまま坂田さんに応える。シャンプーを流すちょうど良い温度のお湯が俺の睡魔をさらに増幅させた。

「髪がまとまる方法あるよ」
「あ、どうすればいいんですか」
「俺と付き合えばいいんじゃない?」

俺と付き合えばいいんじゃない?

……は?
この人今なんて言った?

理解する前に、ぎしり、シャンプー台が軋んだと思ったら、坂田さんが俺の顔の横に両手を付いていた。

「ちょっと、何してるんですか」
「だってさ、俺と付き合えばカットタダじゃん」
「いや、意味わかんないです」
「え、土方くんって俺のこと好きなんじゃないの?」
「……はあ?」

今度こそ素っ頓狂な声を出してしまった。
俺が坂田さんを好き?どこをどうとったらそんな考えに至れるんだ。どんだけ自意識過剰なんだよこの人。
いや坂田さんは好きだけど、もちろんそういう“好き”なわけないし、付き合うっていうことはつまりええと。

「まあ、考えといて」

にんまりと笑った坂田さんはすぐに俺の上からどいていく。
今だ理解をできていない俺は、鏡の前まで連れて来られた時に初めて自分の顔が赤くなっていることに気が付いた。
それを鏡ごしに坂田さんが目を細めながら見ていて、坂田さんが気付いていることに気付いてしまった俺はさらに顔の熱が上がった気がして、最後まで目の前の鏡を見ることが出来なかった。


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▼thanx!
chumの碧井ハルさんから頂きました◎
わたしも坂田指名したいですはあはあ^///^
素敵なお話ありがとうございました!


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