尖 る 愛



寂れた部屋の澱んだ空気を振り払うように、ばさりと隊服を翻して遠のく背中。
それはもう見慣れたもので、今さら咎めるつもりはないけれど。
密かに最後と決めた夜、もう少しだけ声が聞きたい。


「なあ、」

呼びかけて寄越される無感情な目。
そこに自分が映っていたこと、少しぐらいはあったかなあ。ぼんやり思って目を伏せる。ちいさく一息、吸って、吐いて、普段通りの軽薄さを装って。



「膨らめば膨らむほど、尖るものってなんだと思う?」

憎たらしいと褒められる、得意の笑顔で問いかけた。


「…し、」
らねえ、と一蹴される前に腕を掴んで引き寄せる。

「ちょっとは考えて」
「……」

欲しい答えがあるわけじゃあないけれど。わからないならそれもいい。とりあえずはあとちょっと、もうちょっとだけ、そばにいて。
名残惜しむなんて柄じゃあないのに。こいつの前だと、これまでの当たり前が簡単に崩れちまうなあ。

「どう?わかった?」
「いや、」

しらねえな。

さっき遮った言葉を落として、またくるりと背を向ける。


「…そうだろうな」

きっとお前はしらないだろう。
装った軽薄の裏で膨らむばかりのいとおしさを、そいつがじくじくと心の臓を突き刺す痛みがどれほどのものかを。
それでもお前の前で普段通りに笑うことの難しさを、それすらも隠しおおせてしまう俺の不器用な器用さだって。
なーんもしらない、それでいい。それがいい。

「もう行くの」
「ああ」
「ばいばい」
「…また来る」

からから、ぴしゃり。扉が閉まる音に、ぐしゃりと心臓が潰されたような気がした。

じゃあね、じゃなくて、今日は「ばいばい」。いつもとなんにも変らない、平べったい声で言ったはず。
ああ、とか、おう、とか。ひどいときは返事もないくせに。「また」なんて、今日に限ってどうしてそんな。

テーブルの上、あいつ専用の灰皿で燻る吸いさしが目に留まる。
そんなふうに半端にされちゃあ、諦めようにも諦められない。咥えて広がる苦味にまた毒される。


ばかやろう、

寂れた部屋の澱んだ空気に追いすがるように、ぎりりと噛み締めた本音のなんと鋭利なことか。



fin.
(10/04/27)

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