密 葬




もとより、お綺麗な感情なんて持ち合わせちゃあいなかった。互いに互いで埋め合わせ、プラマイゼロのフラットな関係。

辛くなったらここにおいで、慰めてやるよ。
それに頷いたお前を見たら、爛れた感情の欠片が疼いて。渇いた喉が水を欲するように、焦がれて求めて引き寄せた。
ずうっと傍にいるだとか、よもや愛しているだなんて。そんな目映いものとはかけ離れた、日陰の密会。街を歩けばきらきらと、華やぐ人々の笑顔に目が眩む。けして手には入らないそれは、欲しがるだけ無駄と目を伏せて。

「よ、ろず、や…」

乱れた息の合間に盛られた、甘美な毒に中ったふりで。ぎりぎりと背中に縋る爪の先まで、食い尽くすように踏み込んだ。
なのに満たされるのは一瞬で、はじけた欲の残滓ばかりが積もっていく。どろり、汚れた掌を見て思うのは、むろん互いのしあわせなんかじゃあなくて。

「なあ、」
「…んだよ」
「あの子とはうまくいってんの?」
「てめえにゃ関係ねえ」
「へーへー、そうでしたね」

我ながら愚問だなあ、いつだってお前の答えは決まっているのに。この前見たのも知らない女、さらさらと風に靡く栗色の髪が印象的な。

「お前も懲りないよねえ」
「も、って何だ、てめえと一緒にすんじゃねえよ」
「なんだお前、自覚ねえの?」

―――とっくに同じ穴の狢だろ、俺ら。

耳朶を噛みながら流し込む。こいつが一番感じる声で。

「や…は、なせ」
「ほらよ」

名残惜しさは欠片もない、そんな素振りで解放すれば、揺るがぬ瞳が躊躇うように、ゆらり。思わせぶりなそれがいけない。目にするたびに「もしも」を描いて、打ち消して。物言いたげな唇に、いびつな思いを馳せて口づける。
重ねて、追って、失って。もっと深くに傷を負ったら、寄り道でもして休んでいけよ。差し出す日傘のかわりになれればそれでいい。翳りの中へ紛らす想いは、全部この手で葬るから。擦り切れた堂々巡りの恋なんざ、さっさと迷宮入りさせちまえ。

仄暗い世界の隅で願うのは、果たして俺にか、お前にか。


fin.
(10/06/02)

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