女の子にはなれないけれど、


どろり、腿を伝って排水溝へと流れゆくそれを、ぼんやりと眺めていた。無意味な感傷に浸るなんて柄じゃない。はっと我に返って、流しっぱなしのシャワーを止める。バッカみてぇ、呟くと同時にぽつりとまた一滴、澱んだ白が視界におちた。

羨ましいと思ったことは全くない、と言えば嘘になる。もしも女だったなら、なんて絵空事を描いたことも一度ではない。とはいえ、いくら願ったところで、どうにもならないことだってあるわけで。願うだけ無駄だということは、頭では十分すぎるほどにわかっているのだ。それでも。

――馬鹿みたいだって思ってても、簡単にはやめられないことって、あるだろ?
そう言って、くしゃりと顔を歪めた男の顔がふと浮かんだ。

繋ぎ止める器官がほしいと思うのは、既成事実をつくりたいということも理由のひとつではあるけれど、それよりもきっと、罪悪感のほうが大きい。優越感と隣り合わせの後ろめたさが、こころをからだを時間を重ねるたびに、じくじくと膿んでまるで悲鳴を上げているようだ。そんなふうに感じること自体、傲慢なのかもしれないけれど。

はあ、と自分で漏らした溜め息に、荒北は眉を寄せて舌打ちをした。(だァから柄じゃねえっての、)むくむくと頭をもたげる感傷ごとぬぐい取るように、いつの間にか火照りのさめた体をごしごしと拭いた。



部屋に戻ればまず視界に入るのは、受け取ったばかりのふたつのゼッケン。追い続けた背中と並ぶ日はもう、すぐそこまで来ている。これまで幾度夢に見たか知れない、彼のアシストとして走る日が。そしてそれが叶うのは、自分が今の自分であるからに他ならない。
もしも女だったなら、別のかたちで彼の隣を歩くことができたのかもしれないけれど。共に走れることと比べたら、天秤にかけるまでもなく後者のほうがしあわせだ、と荒北は思う。だから、もしも男女どちらに生まれるかを選べるとしても、迷わず男である自分を選ぶのだろう、とも。

世間一般での『ただしいこと』が、誰にとっても正解とは限らない。それこそ、しあわせだなんて曖昧なもののかたちなら、星の数ほどにあるはずで。そのうちのひとつがこれなのだ、と。ようやく手にした2番の数字を、荒北の長い指がなぞる。そうっと、慈しむように。
「……福ちゃん、」

ゆっくりと指先を滑らせながら口にした名前が、今の荒北にとって、最も意味のあるものだ。

(意味がないことなんて、無いよ)




(11/11/06)
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