『靖友……!!』

周りの歓声にかき消されたのか、はたまた音になることはなかったのか。
それはわからないけれど、あの時たしかに新開さんのくちびるは荒北さんの名前を象っていたことと、同時に差し出したてのひらの残像を、きっとボクは忘れることはできないんじゃないだろうか、と思う。

コマ送りのまま脳裏にこびりついた途方もなく長いほんの一瞬の中で、届かずに握り締められた新開さんの手だけが置き去りのようで。
離れてしまったのは荒北さんの方なのに、まるで自分が置いていかれたような新開さんの表情を、とても見てはいられなくて目を伏せた。

せめて彼のてのひらを包み込めたなら、と思うけれど、はじめから宛先の決まっているそこへ介入する余地なんてどこにもないのだ。見ていることしかできないのに、それすらつらくて目を逸らす意気地なしには。身勝手な感傷と同情をすり替えて、思い知るのは無力さばかり。

お前は最高の走りだった、と力強く称える声に、もうずいぶんと距離は開いたはずなのに、荒北さんがふっと満足そうにわらう気配を感じて、ひとつの世界の完結を知る。
だけれどハッピーエンドの裏側にはいつだって、物語から弾き出されたかなしみが積もっているもので。きれいに纏まったしあわせなんてものは氷山の一角にすぎなくて、誰かがわらったぶんだけ、ほかの誰かが泣いている。
だったら、そのかなしみは誰が拭うのだろうか、と。お伽話を読み終えたあとのやるせなさによく似た気持ちが、心臓のあたりをぎゅう、と締め付ける。

興奮混じりのアナウンスと声援が告げるリザルトによって、いっそうその痛みは強くなる。こんなかたちでグリーンゼッケンを手にした彼に、おめでとうだなんてとても言えそうにない。それに、きっと何を言っても、言えなくても、同じ。たとえやさしくわらってくれたとしても、そのこころまで動かすことはできやしないのだから。
それができるたった一人が、いつか、どうか。あの瞬間に置き去りのてのひらに気づいて、掬い上げてくれますようにと祈るのが、今の自分にできる、唯一のこと。

傍観者のひとりごと


(11/10/15)
泉田くんの場合
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