の ら ね こ


※現代パラレル



もう3日ほど降り続いている雨の中にあっても、煌めくネオンは霞むことなく人々の足を踊らせている。
上司に半ば強引に付き合わされた飲み屋を抜け出すと、ふらり、目の前を横切る影がひとつ。
高校生ぐらいだろうか、その男はどことなく頼りない肩を落として俯いたまま、覚束ない足取りで通り過ぎていく。
傘も持たず、雨に溶けこんでしまいそうな姿から目を離せずにいると、不意にそいつが顔を上げた。
こちらに目を向けて一言、

「おにーさん、俺を飼わない?」
「はぁ?」

初対面の人間に突拍子もないことを言われ、間抜けな声が漏れた。

「帰るとこなくなっちゃってさァ」
「……」
「ちょっとの間でもいいから、」

お願い、と笑った顔はまだあどけなさが残っているのにどこか艶かしい。
しっとりと枝垂れた銀色の髪からおちる水滴がそれを際立たせているようで、なんだかいたたまれなくなって目を逸らした。


(い、いやいやいや、)

簡単に絆されてたまるか。

「あ、俺、家事ならなんでもできるよ」
…正直言ってそれは助かる。けれど。

「生憎だが、俺ァ見ず知らずの人間を連れ帰って面倒みてやるほどお人好しじゃあないんでな」
気の毒だが仕方ない。所詮は赤の他人だ。ぐらついてきた情が傾く前にさっさと立ち去ろう、


「……お願い、」

子供の頃、母親の反対に泣きながら背を向けた捨て猫の姿がふっと蘇って、目前の男と重なる。
ぎゅ。と掴まれた腕を振り払えなかったのは、きっと、その声に滲んださびしさのせいだ。




◇ ◆ ◇





「ほらよ」

銀時、と名乗ったそいつは、差し出したホットミルクに口をつけるや否や、あち、と顔をしかめた。

「猫舌か」
「うん」

ゆっくり飲めよと笑ってやれば、ガキ扱いすんじゃねえ、と可愛げのない返答。それがガキだってんだ。

「お前、今いくつだ」
「……わかんね、」
たぶん17とかそんくらいじゃね?、と付け足された言葉はまるで他人事のよう。

「たぶん、て「俺のことはいいから、おにーさんのこともっと教えてよ」」
被さった言葉の妙な明るさに、それ以上訊くことをやんわりと止められた。
こいつが何か色々と抱えていそうなのは、出会ってからのわずかな時間でも感じられて、頭をもたげ始めた好奇心にひとまず蓋をする。

基本的なプロフィールから始まって、世話の焼ける上司とドSな部下の話やらなんやら。
徐々に単なる愚痴と化していった俺の話に、ふうん、そうなの、を繰り返しながら銀時は最後まで耳を傾けていた。
無気力ながらも穏やかな相槌の心地よさについ長々と話してしまっていたようで、一息ついて時計を見れば深夜二時。そろそろ寝るか、
声をかければ、返事の代わりに寄こされたのは、

「……!」

不服そうに尖った銀時の、意外にもやわらかな其れ、だった。

「ちょ、おま、」
「そんな引かなくてもよくね?これでも俺けっこう繊細だからね、いま地味に傷ついたからね」
「いや、別に引いてるわけじゃあ…」
「そ?じゃあもっかい、」
「調子乗んじゃねえよ居候。さっさと寝るぞ」

ぐい、と急遽引っ張り出してきた予備の布団に銀時を押し込む。と、

「てめ、何しやがんだ」

どさ、と何故か布団に横たわったのは俺の体で。その上に跨った銀時は、先ほど雨の中で見たのと同じ表情で言い放った。


「アンタがほしい」



「……は、」
「抱いてよ」

お願い、と笑った顔は先ほど垣間見えたあどけなさは影をひそめて、代わりに漂うのは夜の匂い。

(……こいつ、もしかして)

「これまでもそうやって、色んな野郎を誑かしてきたのか」
「そうだよ」

まあ、野郎だけじゃあないけど、ね。
そう付け加えていびつに笑ったその顔には、やはりどことなくさびしい陰が滲んでいる。ように、見えた。
「ふざけたこと言ってないで、とっとと寝ろ」
「ふざけてないよ、俺は本気」
「……いいから、」
「、え?」

んな事しなくたって、いいから。ここに置いてやる。お前の気がすむまで居ればいい。
だからとりあえず今は、そのひっでえクマをどうにかしろ。

そう言ってやれば、ほんとに?、と打って変わって控えめになるもんだから、

「俺の寝込み襲うんじゃねえぞ」

冗談めかした返事で了承。
すっかり乾いてふわふわ揺れる髪をそうっと撫でる。

「じゃあ、おやすみ」
「……お、やすみ」

一瞬驚いたような顔をしてから、ぎこちなく返されたそれに自然と口元が緩んだ。

かわいいな、こいつ。



fin?
(10/04/24)
リーマン土方と居候坂田くん

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