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(木兎)



 シャワーで髪を軽く濡らして、目の前の姿見で確認する。伸ばしてしまった前髪が鬱陶しくなってきて、自分で切ろうと思ったんだけど。
 いざ、切ろうとすると緊張して鏡の中の手元が震えていた。やっぱり美容院に行けばよかったかな。でも後ろは伸ばしたいし今月ピンチだし、前髪揃える位自分でやれると思ったんだけど。
 その時、勢いよく浴室の引き戸が開けられて。思わず体がびくりとして顔を向けると、飛び込んできたのは血相を変えた幼馴染の光ちゃんだった。

「早まるなーっ!」
「光ちゃん?」
「はさみとかダメー!」
「え?ええ?」

 シャワーの水で濡れている浴室に躊躇いもなく侵入した光ちゃんは、そのままの勢いで私が持っていた鋏を取り上げる。
 何かを激しく勘違いしている気がして、ぶんぶん頭を振って苦い顔をしている幼馴染に事情を伺ってみた。猪突猛進な彼は、少し思い込みが激しい。

「どうしたの?何でここに?」
「おばさんがお前がバスルームに篭って出てこないのーって!」
「お母さんにからかわれてるよ」
「何言ってんだ!間に合って良かっただろー!」

 私への配慮のつもりか、さっと後ろに鋏を隠した光ちゃんはどこか怒っているみたいで。髪の毛を流そうと思って出しっぱなしにしていたシャワーを止められた。
 相手が真剣なのに失礼ながら嬉しくて、声を漏らして笑えば不服そうな顔が露になる。私の両サイドは横髪を巻き込まないようにとヘアクリップまでしているというのに。

「だから、私髪の毛切るつもりだったんだってば。お母さんにも言ったし」
「髪の毛ぇ?」
「前髪だけね。ほら、これ」
「ああっ!ううー……」

 眉毛を垂れさせながらチラチラと私と鋏を交互に見る光ちゃんが可愛くて、やっぱり笑ってしまう。一体何を勘違いしたのかは、この顔に免じて聞かないであげよう。
 なんて自己完結させていたら、向こうはそうはいかなかったらしい。急に片眉を吊り上げたかと思うと、鋏をぶらんと目の前に引っ張ってきてうなった。

「これ、普通のはさみじゃん」
「髪切る用なくて……それ買う余裕あったら美容院行く」

 恥ずかしいけれど、今月のピンチ状況を掻い摘んで話す。あーとかうーとか言いながらも、途中からは納得しているのが見て取れた。
 声が響く、狭い浴室に二人。そのことを意識し始めると、急に違う意味で焦ってしまうけど。

「なぁんだ、そっか!」
「そんなヤバそうに見えた?」
「すげー思いつめた顔してたから」
「だって……私、不器用だもん」
「なんなら俺が切ってやろうか?」

 プラプラと揺らされる鋏を見ながら、願ってもない申し出に驚いて顔を上げた。自信満々で笑っている光ちゃんは、格好良いからずるい。

「本当?」
「ほら、俺って手先は器用じゃん?」
「いかがわしい手つきしないでよ」

 わきわきと手をバラバラに蠢かせる様子にわざと嫌な顔を作ったけど、自分より遥かに器用なことは百も承知だ。昔から、二人の作品を並べると光ちゃんに勝てた試しがない。
 ぼんやりと昔の懐かしい記憶まで思いを運んでいると、光ちゃんは非難がましい抗議にもめげずにドンと拳を作って胸を叩いた。

「任っせなさーい!」
「じゃあ、お願いします」

 そうだ。私はいつだって、この押しの強さに勝てた試しもないんだった。返事をするかしないかで髪を一掬い取った彼には、きっと答えなんて分かりきっていたと思う。



 静かな浴室に、鋏の音だけが響く。こんな至近距離で真剣な目をする光ちゃんを見るのはいつ振りだろう。それも、私の為にそうしてくれている。
 時折髪を撫で付ける手は酷く優しく、自分の髪だというのに愛おしそうに扱われるそれが羨ましかった。幼馴染って残酷だ。
 昔は近くにいるのが当たり前だったのに、年を追う毎にそれがいけないことに感じて距離をあける。自分がそうしてきたから、寂しいなんて感じる権利はないのに。
 前髪越しに覗き見た光ちゃんの真剣な表情は、胸の鼓動を嫌でも早めさせる。近過ぎる距離にこの音が聞かれる様な気がして、思わず下を向いた。

「コラ!危ないだろ?」
「うわっ!」

 急に顎を持たれたかと思ったら、上を向かされる。何をする気だと一瞬戸惑ってしまった女心が虚しい。よく考えたら、簡単に分かるのに。

「段々下向いてる」
「ごめん……」
「もうちょっとこのまま!」
「はい」

 色んな角度から見られて少しずつ調節されていく。鏡の前に光ちゃんがいるから見えないけど、彼に頼んだのは正解だったかも。
 自分じゃこんなに拘らなかった気がする。バレーでもそうだけど、彼は集中すると自分が満足するまでやめない人だから。
 上手くなるのも成長するのも、何だって私より早い。それは結果として当たり前だけど、理不尽にも置いていかないでと心のどこかで思っていた。
 馬鹿だなぁ。同じだけ努力すれば、同じ場所に立っていられたかもしれないのに。

「おっし。出来たー!」
「本当?見たい!」
「ちょい待ち、髪の毛落としきるから。顔に付いてるやつも」

 そう言って頬や顎を、光ちゃんの指の腹が撫で回る。恥ずかしさのあまり思わず目を瞑った。最後に見えたのは、にんまりと笑う顔。

「だから下向くな!上向いてろって」
「ごめん……」
「んー!」
「え、光……っん、んむっ?」

 唇に柔らかくて温かいものが触れたと思ったら、押し入るように入ってきたのは舌で。考えるまでもなく光ちゃんのものだと分かるのに、理解が全く追いつかない。
 しゃがみこんでいた足に力が入らなくなって尻餅をつくと、追いかけてくる舌は乱暴に私の中をかき乱した。咄嗟に手を伸ばして光ちゃんの服にしがみ付く。
 その手をさらに包み込んでくれた手は、さっきまで私の髪を大事に扱ってくれた手で。とても熱くて温かかった。

「ごちそーさまでした!」
「なん、な……」
「散髪代。すっげー可愛くなった!また切って欲しくなったら俺に言いなさいよ?」

 ニヤニヤと笑っている光ちゃんに呆然としていたら、「だって上向きで目ぇ瞑ってたらキス待ちに見えたんだもん」とのたまう。
 自分でそう指示したくせに、忘れたとは言わせない。ここでやっと怒りが沸いてくると、文句を言う前に唇に指が乗せられて。
 幼馴染の自信たっぷりな顔が、ぐっと近くにあった。

「お前の覚悟が決まったら、可愛いお嫁さんにしてやるから。それも早めに言えよー?」

 そんな事言われてしまったら、怒れる訳なくて。単純な自分を罵りつつも、すっかり劣等感は消えていた。軽くしてもらったのは、髪の毛だけじゃなかったみたい。
 楽しそうに口笛を吹きながら鋏を回す幼馴染に、やっぱり私は勝てそうもないと笑うしかなかった。



***end***

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