※R/AD/WI/MPS『オーダーメイド』
パラレル。臨也死人。微妙に死を匂わせる描写があります。苦手な方は注意してください





――――オプションで涙が付けられるけど
「ああ……どうしようかな」
――別に無くても支障は無いよ
――どうする?
「……じゃあ、面倒だからいいです」


フルカスタムされて完成した俺はまさしく俺の望み通り二つの目、二つの耳、一つの口に鼻。二本の手足を持って生まれた。
かくして俺には涙がない。



現代における生の価値観は変わっていた。
医学の進歩によって『心』のデータ抽出が可能になって、人が物質的な死を迎えた後も『心銀行』と呼ばれる機関にデータを残して置けば、新たに作った人工の身体に移植して永遠に生きることが出来る。
心の抽出や人工体の製造には莫大な費用が掛かるので、まだ一般普及はされておらず一部の富裕層のみが独占的に利用している状態だったがそれでも死を恐れる人々には人気があるシステムだ。

かくいう折原臨也もこのシステムの利用者だった。
金ならば情報を売って得てきたものが使いきれない程あったし、何より人類の動向を見続けていたい彼には願ったりなシステムだ。臨也はすぐさま心銀行に自分の心のデータを預け、数年後、それは臨也の新たな身体に移植された。
人工とは言っても、人工培養した本物とほぼ変わらない臓器を使用した殆ど並の人間と変わらない物だ。臨也たっての希望で容姿はほぼ前の物と変わらない。
フルカスタムで作ったそれは臨也の以前の身体の数倍は便利だった。いくら動いても疲れないし、歳も取らない。少々メンテナンスが面倒だが、食事も排泄もいらないから以降のコストパフォーマンスは良好だ。

諸々の処置を終えて、数年ぶりに出た世界は死ぬ前と一見なんら変わり無い。
「本当にありがとうございました」
病院を後にした臨也は取り敢えず、元の新宿の事務所に向かった。元々死んだ後も仕事を続けるつもりだったので更新手続きはしてある。3年以上も留守にしていたので部屋の惨状が気になるところだが、一応秘書に定期的な掃除を頼んであった。几帳面な彼女のことなので恐らく以前と変わらぬ姿で完璧に維持してくれていることだろう。

出ていった日と変わらぬ広い部屋でPCの電源を着け、留守中に集まってきていたメールや問い合わせに目を通していく。情報収集作業は身体を定着させるための入院中もしていたので得られるものは殆ど無いのだが、念のための確認だ。
「シズちゃん関連多いなぁ……」
メールの殆どが臨也の死後で、平和島静雄に関するものばかりだった。とはいえ、それは殆ど憶測と根も歯もない噂ばかりで対したことはない。
「死因シズちゃんじゃないし……」
苦笑いを浮かべながら目を通し終わったメールを削除していく。
前述のメールでもわかるように臨也の死因を作ったものが平和島静雄だと思っているものが多数だったようだ。だがしかし、それは嘘である。現に静雄は捕まっていないし、その後の目撃証言を検証してもあり得ない。
しかし死因については臨也が覚えていることはない。即死だったので心銀行に保持してあったものを移植したのだ。幸い、死んだのが心銀行の情報を更新したばかりだったのでそれによる著しい記憶の混乱は無かったのだが、死ぬ直前の記憶が無い。
処置をした医師には大体の説明を受けたのだが、それでも交通事故だったとしかわからなかった。
わからないと言うものはモヤモヤするもので、臨也の心情的には何がなんでも確かめなければ気が済まない。
「池袋行こうかなぁ」
思い立ったが吉日だ。臨也はいつものコートに身を包み、新宿駅に向かった。




数年ぶりに訪れた池袋は一見全く変わり無いように見えた。が、数年の間にダラーズと黄金族の抗争は収束してしまっていたらしい。
やることもないのでブラブラと散歩していると、何人かの知り合いらしき人物に声を掛けられた。だがしかしそれらの人々の記憶は殆ど無かった。元々覚えていたいことだけを覚えていたい性質の人間なので、生前余りにも接点が無さすぎたのだろう。適当にあしらって立ち去る。

「!? い、臨也!?」
「……? あ、ドタチン。……なんか……老けたねぇ」
あり得ないとでも言うような表情で駆け寄ってきた旧友に臨也はけらけらと笑いながら応える。
門田が驚くのも無理は無い。この技術はまだ一般普及されていないのだ。その為、知人たちの認識の中では臨也は死人である。
「老けた……ってお前、死んだ筈じゃ……!?」
「肉体的にはね。でも心は死んじゃいなかったのさ」
ふざけておどけて見せると、頭を軽く小突かれた。
「いたーい!」
「……煩ぇ! ……ったく、凄ぇ心配したんだぞ……!」
唇を尖らせて文句を言う臨也を、門田がぎゅっと抱き締める。
「……ちょ、ドタチンくるし……」
口や鼻まで全て門田の身体に押し付けるような強い包容に、臨也は困ったように文句を言った。しかし、回された腕の強さは変わらない。それどころか先程よりもより強く締め付けられる。
「……つめた……」
臨也よりも一回り大きな肩がカタカタと震え、臨也の服が冷たく湿っていた。
臨也はその背に手を回し、擦った。
「泣いてるの……?」
「煩ぇ。お前が生きててよかったってんだよ……!」
門田の身体は温かくて、少し熱いくらいだ。身体を作る前から低体温の臨也は前と同じ体温を設定した。だがそれは発する熱をそれらしく調整したものだ。
「泣かないでよ」
「泣くだろう普通!」
「俺は泣かないよ。生きてるもん」
門田の背中を擦りながら臨也はけらけらと笑った。
――――そう言えば。
喜怒哀楽の怒りと哀しみだけは移植するときに凍結させたんだっけか。
今の臨也に涙は無い。嬉しくても哀しくても涙を出すシステム自体を作っていないため、涙は出ないのだ。
はっとしてすぐさま笑みを張り付ける。
心の一部を凍結させると言うのは、何故かとても不思議な感覚を得ることだった。
哀しい苛立つ腹立たしい感情の部分だけがぽっかりと抜け落ちてしまったかのようにそこだけが存在しないのだ。
門田の涙が冷たいとは感じても他には『会えて嬉しい』というような漠然とした感情しか沸いてこない。
「また今度」と、門田と別れ、臨也は自分の変化に対してぼうっと考えながらふらふらと街中を散策し始めた。

からっとした天気さ暑くもなく寒くもなくちょうどいい散歩日和だ。入院している間は殆ど外には出られなかったので懐かしい感覚である。
「平和だなぁ……」
たまに指を指されるものの、それ以外は全く穏やかな日そのものだった。
自販機も飛ばない。罵声も浴びせられない。まるで、非日常みたいな日常だ。むしろ、臨也の存在自体が非日常そのものだから、ある意味非日常そのものである。
「シズちゃん、いないな……」
自分はここにいるのに。
あのわけのわからない野生の勘で追いかけ回されないのが新鮮だった。
目的の人物がいないのでは話にならない。臨也はふう、とため息をついて項垂れた。
「何処にいるんだろう」
きょろりと視線を泳がせる。目立つバーテン服の姿は見当たらなかった。
あれほど互いに固執していたというのに、今では驚くほどどうでもいい。これが怒りの無い世界かと関心さえしてしまう。
それを哀しく思う心も無いので、行き場の無い感情が不思議にモヤモヤと燻っているような感じだ。
静雄と自分の間にあったことは確かに事実として覚えているのに、それに伴う感情は思い出せない。
(俺は、シズちゃんに会ってどうするのかな)

仮に静雄が自分を殺害した犯人ならば、静雄は刑務所だ。出所した後も一生会うこともないだろう。
しかし、目撃証言や状況証拠から見たら静雄ではあり得ない。ならば静雄はこの街の何処かにいる筈だ。
自分が死んだこの街で生きる静雄は、今どんな顔をしているのだろうか。結論はあくまでも好奇心からくる感情だった。
そう言えば自分の新たな身体をカスタムするとき、二つの感情を凍結させたのには理由があった。怒りと哀しみが無ければ静雄も愛せるかと思ったのだ。
結果、その考えは良好だった。
予想した通り、静雄に対する怒りの感情は固まって表出されない。怒りが無いので楽しい嬉しいどうでもいいしかない感情。成る程これは便利である。

静雄を探してうろうろしていた所に、見慣れたドレッドヘアの男の姿を見つけた。
あれは確か静雄の上司だったか。ならば静雄も近くにいる筈だときょろきょろと辺りを見渡してみる。が、しかし、田中トムの傍らにあのバーテン姿の男は無い。居るのは金髪の外国人らしき女だ。
違和感を覚えて臨也は二人組に近寄る。
「田中さん」
「……? ……折原!?」
お久しぶりです、とにこやかな笑みを浮かべる臨也とは対照的に田中トムは喫驚の表情で青ざめる。
「シズちゃんは? 今日休みですか?」
まるで長年の友人であるかのように人懐こく問いかけると、田中トムは言葉に詰まってふっと目を逸らした。
「? 辞めちゃいました?」
首を傾げると、田中トムは言いにくそうに口ごもってから重い口を開いた。
「……や、あのな。俺もお前にも聞きてえことが沢山あるんだけどよ。んなことより、お前に言わなきゃならねえことがある」
「何ですか? 勿体ぶらないでくださいよ。もうシズちゃんをどうこうしようとは思いませんから」
そんな感情が固まってしまったので。
口にはせず、臨也は柔和な笑みを浮かべて問い掛けた。
「そ、そか……。つか、静雄辞めたんだよ。三ヶ月位前にな。んで、その理由がよ……」
「妙に勿体ぶりますねぇ……何ですか?」
呆れながら臨也が首を傾げると、田中トムは困ったように口を開く。
「病気療養っつか……」
「病気? シズちゃんが? 意外と柔な身体してたんですね! でもすぐ治っちゃうんでしょ? だって前に骨折したときなんて三日でくっついたし。辞めちゃうって結構酷いってことですよね」
「……治んねえんだよ」
「…………え?」
苦々しい言葉に臨也は首を傾げる。
そんな臨也に言い訳するように田中トムは続けた。
「だからよ……治んねえんだよ。メスが入らねえんだってよ。健康診断で比較的早期発見出来たんだけどよ、手術で取れねえから、薬とかそういうので治療し続けてたんだ。でも三ヶ月位前に急にマジでヤバくなってきて、仕事出来なくなった」
臨也はぽかんとして話を聞いていた。
哀しくもない嬉しくもない憎くもない楽しくもない。
該当する感情が何もない。
田中トムはそんな臨也を不審に思ったのか、訝しげに首を傾げる。
「……おい、折原? 大丈夫か?」
「シズちゃん死ぬんですか?」
ストレートな問いに田中トムは言いづらそうに口ごもった。
「死ぬの?」
真顔で尋ねると、終始黙っていた女が田中トムの代わりに頷いた。
「先輩は治りません」
「そっか。どうもありがとう」
くるりと踵を返すと、臨也は取り立て屋の二人組の元から去った。

現代における生の価値観は変わっている。
金さえ積めば物質的な死ならば回避できる時代なのだ。幸い臨也には情報を売って得た金が使いきれないほどある。
心のデータさえ抽出出来れば人類に物質的な死は無いのだ。
ならば問題はない。問題はない。





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