シズちゃんが俺のペットになりました。 「いた…………っちょ、駄目っ……こら、ん、あっ…………いでででででででで!!!」 仕立ての良いソファに座り、臨也の腕をガジガジとかじる金髪の男。 その力が余りにも強いため、臨也は慌てて腕を引っ込めた。肉まで噛み千切られてはたまらない。 くっきりと歯形が付いた腕にフーフーと息を吹き掛け、臨也は横目で静雄を見た。 「今度は何……? 何が不満なの……?」 「いいから手ぇよこせ」 「ええ……!? やだよ……だってシズちゃん噛むじゃん……って……いたいいたいいたい!」 相も変わらず臨也の腕を噛む静雄に訳のわからない恐怖を感じながら臨也はされるがままになっていた。 「プリン! プリンあるよ? プリンにしなよ! ほらっ波江手作りの! いたいいたいだから噛まないで噛まないで……」 懇願すると静雄は臨也を噛むことをぴたりと止めた。ほっとして先日買ったプリンを取りに立ち上がろうとすると、急にその手が引かれソファに引き倒される。 「ぎゃ」 軽く「引いた」どころではない凄い力で引っ張られた臨也は短い悲鳴を上げてソファに尻餅を着く。 「いたた……もう、ちょっとなんなんだよ!痛いだろ!バカなの?死ぬの?」 「バカは手前だ。死ね。いいから動くな」 「…………は!?」 そのまま静雄は臨也を後ろからがっちりホールドするように腕の中に納め、頭に顔を埋める。臨也は状況が飲み込めないまま硬直した。動こうにも鉄でできた椅子のようで動けない。臨也はどうにか動こうともぞもぞ身動ぎを試みるが、ぎゅっと抱き締められている為それすら満足には出来なかった。 「ひっ」 がぶり、と耳を噛まれ、鳥肌と共に悲鳴が上がった。 「うめえ」 低い声で囁かれ、ぎくりと臨也の体が震える。 「俺、食べ物じゃ……ッない……!」 息も絶え絶えに伝えるが、聞いているのかいないのかはむはむ、と耳たぶを甘噛みする行動は絶えない。 噛まれれば確かに痛いのだが、そのじんじんと痺れるような所を痛くない程度の強さで甘噛みされるとなんとも言えない気分になってしまう。 「やめ、……ッ、ちょ、舐めるな……っ」 かぷかぷと耳たぶを噛む延長線上で、首筋に湿った舌が触れた。ぬるりと生暖かい舌のざらざらとした感触が伝わり、臨也は静雄の腕に爪を立てる。 ぞくぞく、と背筋を這い回る奇妙な感覚から逃れるように足をばたつかせた。 「…………んッ」 ぱくりと耳が口内に包まれ、耳穴まで舌が侵入してくる。ぴちゃぴちゃと水の跳ねる音がして、静雄の口から離れた濡れた患部が冷たい。 「…………やぁ、」 きつく閉じていた目をうっすらと開け、臨也は宙を見た。視界の端に傷んだ金髪が映り込む。臨也はそれに手を伸ばし、金髪を掻き回すようにぐしゃりと撫でた。 ざらつく毛先を感じるように撫でてやると、その手を静雄に掴まれる。頭から手を離させ、力の抜けた体を反回転させて自分と向かい合わせるように座らせた。 「な、何?もっと……?」 臨也がそう問いかけると、静雄は何も言わずに臨也の鎖骨に頭をぐりぐりと擦り付ける。 「撫でてほしいの……?」 静雄の頭を抱くように腕を回し、臨也は静雄の後頭部に指を滑らせた。ざらざらと傷んだ髪の感触が、敏感な指の腹を柔らかく刺激して気持ちがいい。髪の根本まで指を潜らせると、生え変わった染めていない髪が指先に触れた。 「んも、仕方ないなぁ…………よしよし、あっ、こら、悪戯しちゃ、あ……っ」 背中に手が延び背骨をざり、と渇いた指先が撫でる。 ぞくぞく、と背筋を這う奇妙な感覚に全身が粟立った。さわさわと背中の感触を確かめるかのように掌が伝い、ぎくりと体が震える。臨也は静雄の髪をきつく握りしめ、こそばゆさをやり過ごすかのように目をつむった。 「ちょ、……こら!変なところ触るな馬鹿……あっ、もう……めっ」 ばたばたと両足をばたつかせて抵抗を示すが、臨也の力では70キロ近い静雄の身体は動かせない。 成り行きに任せてこのままなし崩しに事に及んでしまいそうな雰囲気だった。脱がされかけたシャツの合間から鎖骨を噛まれ、悲鳴が上がる。 「な……ぁっ、ちょっとぉ……っ、だめだって、や、ズボン、だめっ」 ああ、そんなところに触れては気持ちがよくなってしまうではないか。臨也はくらくらする思考の中で必死に抵抗を示して腕を突っぱねた。 「なん、で……っ、んっ」 鎖骨を噛まれ首を噛まれ耳を噛まれ、ついには頬をふにっと噛まれて臨也は跳ね上がる。 「シ……ズちゃ、ん……………顔ちかい」 ふぃっと顔を背けると、静雄は一気に不機嫌な顔をした。臨也の耳たぶをべろりと舐める。 「ひゃっ」 竦み上がる姿を満足気に見、舐めた耳たぶを今度ははみはみと強弱を付けて噛んだ。 臨也の顔が朱色に染まり、噛む度にびくんと過剰反応して縮こまる。 「ぐぁぁぁ……やめろぉぉ」 これ以上されてはまずい。いい加減にしろと、おおよそ色気の無い声を出すと、静雄は眉根を寄せて離れた。 「可愛くねぇし色気ねぇ」 「いい加減にしろよ!めっ」 「…………」 だめ押しにビシ、と指を差し念を推す。静雄はそれを見てから口をつぐみ、再びぎゅうぎゅうと臨也の腰に手を回した。 そしてガブリと臨也の首筋に噛みつく。 「ぎゃ!?」 先ほどまでの甘噛みではなく、割と本気の噛みつきだ。臨也は悲鳴を上げて静雄の背中に爪を立てる。 「痛い痛い痛い痛い!!ちょっと!?」 血が出る!!いい加減身の危険を感じ、臨也が叫ぶと静雄はようやく身体を離した。 その顔は不機嫌そうに歪んでおり、臨也を睨んでいる。 しかし臨也の方が睨むことはあっても、睨まれる筋合いはない。負けじと臨也も睨み返すと、今度はその顔がはの字眉を描く。 それでも不機嫌そうには代わり無いのだが、先ほどより少しだけ雰囲気がしおらしくなったような気がした。臨也は首を傾げる。 「…………?」 訳がわからないと、金髪に手を伸ばして前髪に触れる。すると静雄が目を細めた。 無意識なのかは知らないが、その仕草がどこか獣じみていて臨也は笑うに笑えず静雄の頭を撫でた。 (……甘えてるの?え?何?わ、わからん……) よしよし、と撫でてやると静雄はようやく大人しくなり、ぎゅっと臨也を抱き枕のように抱き締める。 「……あ、愛情不足……?」 「おう!」 まさかとは思ったが訊ねてみると、静雄は自信満々に答えた。臨也は複雑な気持ちで自信満々の静雄の頭を撫でる。 愛情不足で俺はあんなに噛まれていたのか。 甘えたいなら口で言えばいいものを。 静雄の愛情不足の訴えのお陰で臨也は傷だらけである。特に肩は恐らく血が出ている。 「……プ……プリンあるよ……?」 「食う」 忘れかけていたプリンの存在を伝えると、静雄は間髪入れずに言った。 静雄が最近、とみに獣化している気がして臨也は複雑である。ただのペットごっこだった筈なのにこれでは本当にペットだ。しかも飼い主は臨也である筈なのにいまいち嘗められている気がする。 (動物は飼ったことがないんだけど……) 終 |