力を籠めれば骨がミシミシと悲鳴を上げた。細い首、どくどく波打つ動脈。唇から洩れるのはひゅうひゅうと掠れた吐息。抵抗する手足は流石の静雄でも苦戦するほどの力を持っていた。そこにあるのは確かな殺意。 殺してやる、と静雄は思っていた。この両手にもっと力を籠めれば、この手の中の生き物は確実に死ぬ。静雄はこの生き物と出会ってからずっと、何度もこの殺意と共に生きてきた。それが今日、爆発しただけの話だ。火種はずっとくすぶっていた。燃焼剤もそこらへんにいくらでも転がっていた。発火装置は何でもよかったのだ。 臨也の唇が青く染まっていき、抵抗する力がどんどん弱まっていく。弱弱しく手の甲に爪を立てる姿は亡霊のようだった。 呼吸をする為に喘ぐ唇の両端から唾液が細い糸のようになってしたたり落ちた。 もっと力を籠めれば奴は確実に死ぬ。死んで当然だ、こんな男。そう思った瞬間、掌に籠める力が強くなった。臨也の両目が大きく見開く。 じたばたと暴れる手足が静雄を蹴り上げる。邪魔で仕方が無い。静雄は臨也の馬乗りになって腕に力を籠めた。死ね、死ね、頭の中はもうそれでいっぱいだった。 もう戻れない域にまで達してしまう程、今まで臨也が静雄にしてきたことは、確実に静雄を蝕んでいた。 不意に抵抗する手足から力が抜け、臨也の身体が人形のようにだらりと弛緩する。唇の端と目端から涎と涙を垂らしながらぐったりと動かない身体を前に、静雄はようやく臨也の首から手を緩めた。瞬間、静雄の背筋にぞわぞわとしたうすら寒い感覚と、漠然とした恐怖が浮かび上がってきた。 殺してしまった。殺してしまった。今にも発狂しそうなくらいの恐怖が全身を占めていた。 温かい臨也の首から手を離すことが出来ず、静雄は臨也の身体に馬乗りになったまま暫し呆然と硬直していた。 「――――――――――ッゲッホ!」 その意識を現実に引き戻してきたものは、激しく咽る声。 静雄の身体の下で、ぜえぜえと酸素を貪る身体が咳をする度に跳ねる。静雄はびくりと肩を震わせ、掴んだままの手に慌てて力を籠めた。臨也の身体が再び跳ねる。閉じていた筈の生理的な涙で潤んだ赤い瞳と視線が、がちり、とぶつかった。そして涎を垂らす唇が口角を上げて、にやり、と笑んだ。 「――――――――――――ッ!!!!!」 その瞬間、静雄は弾かれたように臨也の身体から飛びのいた。 なんだこいつなんだこいつなんだこいつなんだこいつ気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い 胃酸が込み上げてきて、静雄はその場で消化しきれない汚物を吐瀉した。耳鳴りのする世界の中で、げほげほと咽る声がする。涙で歪む視界の端で『それ』を見ると、『それ』は全身でのたうちまわりながら酸素を取り込もうと喘いでいた。 全身の毛穴という毛穴から汗が吹き出し、静雄は腹を押さえて蹲った。胃が痛い。 ここに在るがくりと弛緩した静雄ともう一つの生き物と目が合った。 「臆病者」 それは酷く寒々しい声だった。 「でも、良かったよ」 自らの唾液でできた水たまりに顔を埋めてうっとりと呟く『それ』。 静雄は心の底から『それ』を嫌悪した。 終 |