子宮を欲しがる

※電波臨也
ちょっと『喉が〜』繋がり。あまり喘ぎませんが性表現があります








(神様私に子供をください)





人間は脳だけでものを考えるわけじゃないんだよ









「いっぱい、だして、なかに、なか」

半ば悲鳴のようになりながら臨也が叫んだ数秒後、熱く猛った暴力的なそれが胎内で爆発した。

動物の交尾のようだ、と臨也は思う。
でも俺は孕まないから、動物の交尾よりもよっぽど倒錯的で文学的で芸術的で高尚な行為をしていると思う。

直腸にぴったりとフィットしたペニスが小さく萎み、ずるりと身体の中から出ていく。括約筋が収縮するお陰で多少物足りないような感じはするものの、奇妙な感触が残っていた。
四つん這いの体勢を崩し、腰だけを高くあげた状態ではふはふと肩で息をつきながら喪失感でくぱくぱと息づく存在を感じる。
「……ぁっ」
臨也はほふ、と小さな欠伸をし、急に襲ってきた睡魔に抗いながらもくったりとシーツの海に身を委ねた。
「ふふ、いっぱい」
そしてごろりとベッドに横になると腹を擦りながらうっとりと呟いた。

孔からどろりと流れる体液が太ももを伝ってシーツを汚す。臨也は気だるげな動作でそれを掬い取り、自らの孔に差し込んだ。
液体でとろとろに解れたそこを指で撹拌するよう悪戯にかき混ぜると、くちゅくちゅと湿った音が部屋に響く。
臨也はその音を恍惚とした表情で聞きながら、臨也の痴体を前に固唾を飲んで固まっている男にふわりと微笑みかけた。

「ね、もっかい、したい?」
そして人差し指と中指を使って孔をくぱりと開く。
浅く息づく度に収縮する痴肉がてらてらと照明で照らされていた。
「うん、ふふ、俺も」
その姿を食い入るように眺めていた男の再び屹立したそれに微笑を浮かべ、囁く。
「いいよ、おいで」
臨也が誘うように腰を上げ、指を動かし、腰を揺らすと男の放ったものが臨也の指を伝い、シーツに落ちた。
耳元に熱い息が吹き掛けられ、臨也の肩口に熱く火照った男の唇が押し付けられる。唾液で湿った舌根から舌先までをたっぷりと使い、味わうように舐めあげられぞくりと背筋が粟立つ。
ガツガツと貪るように暴れまわる肉棒を受け入れ、獣のように喘いだ。
欲望が溢れ、はち切れんばかりの熱を放つそれが臨界点を突破したように臨也の中で涎を垂らす。
「出る? 出すの? いいよ、きて、ぁ、あ、あ、は――――」
種付けするように腰をグラインドして果てたそれを搾り取るように蠕動する腸内を浅ましく思いながらも臨也は果てた。



**********



「酷い臭いだわ」
部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、波江は顔を盛大にしかめて言った。そして部屋という部屋の窓を開け、換気扇を回す。
「そんなに酷いかな」
「貴方鼻がバカになってるんじゃない」
臨也がすんすんと自分の身体の匂いを嗅いでいると、早々に荷物をまとめた波江が降りてきた。
「どこ行くの」
「臭いが消えるまで外に出てるわ」
貴方シャワーは浴びたの、と波江は臨也に問うと片付けないわよ、と一言だけ残して部屋を出ていった。
片付けない、とは寝室のことだ。臨也は臭いと言われて少しだけ傷ついた心を道連れに、風呂場へと向かった。本当は掻き出したく無かったのだが、常識的に考えて腹を下すことは判っていたので腹の中の精液は早々に全て出しきっていた。
空っぽになった腹を擦りながら臨也はシャワーを頭から浴びながら考える。
もし自分に子宮があったら、中に出された彼の精子のうちの一匹は自分の中の細胞と混ざりあって結合して人間になるのだろうか。人間にすらなれなかった精子たちは全て排水溝へ流されていくのだろうか。ならば今日の彼や昨日の彼や一昨日の彼達の精子が身にもならず全て排水溝に流れていくのと同じことではないのか。
(孕みもしないのに性行為を営むなんて、やっぱり人間って面白いなぁ)
臨也はあくまでも生殖活動のひとつとして男と寝るのだ。だがしかし臨也がそれを大真面目に言うと大抵の男は笑った。
『卵が無いのに孕むわけがないだろう』
そう言われる度に臨也はその男たちを笑った。試してみなければわからないじゃないか。
好奇心の一人目、再度挑戦の二人目、実験的な三人目……数ばかりがどんどん増えていき、二桁に突入してからは数えていない。
実験の結果は未だ失敗続きである。しかし失敗を重ねて、臨也はより生きることに貪欲で生命力に長けた人間の精子のみ摂取することにした。活きがよければもしかしたら孕むかもしれない。
臨也はシャワーコックを締め、暖かいバスタオルに包まった。タオルの間で子宮をイメージしてみる。ちょっと違うな、たぶんもっと。
時計を見ると波江が外に出てからもう20分も経っていた。臨也は裸足のままぺたぺたと寝室に向かい、渋々と乱れたシーツをベッドから引き剥がす。これを洗濯機に入れておけば多分波江が洗ってくれる。
着替えるのも癪だったので、暫し裸のままでぼんやりしていると急に肌寒さを感じた。
部屋中の窓が開いているのだから当たり前だ。臨也は窓を閉め、臨也が持っている中で一番大きなブランケットに包まった。子宮のイメージ。これが近いな。

「貴方、そんな格好で何してるのよ」
「……胎児ごっこ」
「風邪引くわよ。服を着なさい変態」
帰ってくるなり臨也の頭に部屋着の類を放り投げ、波江は近くのコーヒーショップのコーヒーを片手に自分のデスクに向かった。声音が大分呆れている。
「変態だなんて」
「仮にも女性のいる部屋でいつまでも素っ裸のままうだうだしてる男は変態でないの?」
臨也はむっつりと唇を尖らせ、子供のように不貞腐れてみた。
「あのさぁ、君に頼みたいことがあるんだけど」
「なに」
波江は資料を整理する手は止めず、臨也に応える。視界の端に写り込んでいる上司は嫌な予感しかしない笑みを浮かべている。波江は予測不能な上司命令に辟易として溜め息を吐いた。
「子宮ちょうだい」
「厭よ」
即答した波江に臨也は唇を尖らせる。
「君どうせ使わないだろ、どうせなら俺が有効活用してあげるよ」
「要るか要らないかは私が決めるわ。いつか使うかもしれないでしょう」
「え、誰の?」
「勿論誠二に決まってるじゃない」
「わお……近親婚は倫理的にも生物学的にも命を縮めるよ」
「貴方に倫理観を問われたくないわ」
波江はまるで汚いものを見るような目で臨也を一瞥する。臨也はそれに両手を上げ「降参降参」と笑った。
「貴方って最低よね」
「あはは、酷いなぁ……だって子供にはやっぱり子宮が大事かなって思ったからさ」
「貴方みたいな性格破綻者に育てられるなんて生まれてくる子供が可哀想だわ」
「こりゃ手厳しい」
ソファの上で足をバタつかせながら、けらけらと笑う臨也を冷たい目で見守り、波江は眉を潜める。勿論下着など履いている筈もないので、臨也が暴れる度に赤い手の痕や腫れぼったくなったそこなどがチラチラと見えるのだ。
「不快ね」
そし抑揚なくて吐き捨てるように言った。しかし当の本人は全く気にしていないのか、少しも気に止める事無く続ける。
「でもね、女の子を孕まそうなんて思ったことはないんだよ。だって面倒じゃないか。俺は多分生まれてくる子供も他の人間と同様にしか愛せないと思うしさ」
「人間のクズだわ」
臨也は、臨也の言葉が戯れ言ばかりなのを重々承知していながら律儀に返答を返す波江に対して満足気に微笑んだ。彼女のこういうところが真面目で可愛いのだ。そんなことを本人に言ったら明日から美味しい夕食にありつけなくなるので黙っているが。
「でもそれって突っ込んで出して全然自分には変化の無いところで気付いたら子供が生まれてるからだと思うんだよね。だから、十月十日自分のお腹で生成したらどうなるのかなって。ねぇ波江、俺はその子供を愛せると思うかい?」
臨也は両足をソファの上に折り畳み、体育座りをする。そしてブランケットで頭から足先までを包み「みてみて、さんかく」などと笑っていた。波江はそれを無視して顔を歪ませる。この男は果たして本当に成人を当に過ぎているのだろうか。
「……気色悪いわ」
「あ、妊婦な俺? あっは確かに!」
ついに見かねた波江はスッと席を立ち、上司の寝室に向かった。そして洗濯済みの着替えの中から下着を取り出し、吹き抜けになっている階段から投げた。
「パンツが降ってきたよ」
「履きなさい、不快よ」
丁度よく頭の上に落ちたそれを取りながら、臨也は小首を傾げる。
「安心してよ襲わないよ?」
「死ねば良いのに」
冗談とは思えないような無邪気さで言い放つ上司に軽い殺意を覚え、波江は最大限の憎しみを込めて言った。
臨也としては至極真面目に言ったつもりだったのだが、どうやら無神経だったようだと合点を着く。
「無神経だったかな?」
「それを聞くのが一番無神経だわ。全くあなたって人を苛立たせる天才ね。腹立たしい」
波江はそう言いながらキッチンへ向かうと、エプロン姿にマスクという出で立ちで出てくる。ごみ袋とゴム手袋を手に、そのまま真っ直ぐ臨也の寝室へと向かう。
「それから、」
「ん? なに?」
ガサガサとビニールのぶつかる音をたてながら一杯になったごみ袋を手にした波江は、除菌消臭剤を執拗に寝室内に振りかけた。
頭上から降ってきた言葉に臨也は顔を上げる。
「貴方はどうせ愛せないと思うわよ。誰が生んだとかは関係無くね。だって貴方は自分が一番大事じゃない」
汚れ物が入ったごみ袋の口を縛り、寝室から出てきた波江は開口一番にそう言い放った。
臨也は一瞬驚いたように目を大きく見開き、破顔する。
「あは、はははっ! 確かにそうだ!」
そしてパタパタとブランケットの裾をたなびかせ、きゃいきゃいと子供のように喜んだ。
「波江、俺の事よく見てるねぇ! ふふ、嬉しいなぁ」
「嬉しくない」
重たそうなごみ袋とその他道具を持ち、階段を降りてきた波江はさも嫌そうに眉を潜める。薄透明のごみ袋から透けて見えるのは先ほどのシーツだった。
臨也はそれを見るなり波江の予想通りの行動ににんまりと笑む。が、その中でも一つだけ予想と違う行動に首を傾げた。
「捨てちゃうの? それ昨日買ったばかりだよ?」
すると波江は心底汚らわしいとでも言うように、マスクと手袋をごみ箱に捨て、部屋の空気清浄機のスイッチを押す。
「本当に死ねば良いのに。あと貴方は両親に土下座して謝りなさい」
「あは、誉め言葉」
そんなドM丸出しの発言を聞いた瞬間、波江の表情が嫌悪に変わる。
そして広げたばかりの資料や荷物をまとめ始めた。
「最悪だわ。今日の分は明日やるから、今日は帰る。こんな部屋で仕事なんてできないもの」
「えーじゃあ俺も休みにしよーっと」
「今日は男を連れ込まないで。あなたがどうしようとあなたの勝手だけれど、やるなら後片付けは自分でやってちょうだい。痕跡を残すな」
「はーい。じゃあおつかれー」
部下が勝手に帰ろうとしていることに対して怒りを見せる様子も無く、「それじゃあね」と言って出ていった波江を手を振りながら見送る。
そして臨也は一人になった部屋で大きく伸びをした。被っていたブランケットがバサリと床に落ちる。あーあ、生まれちゃった、と臨也は呟いた。
それから何故か急に人恋しくなって、携帯に手を伸ばす。
ぽちぽちとアドレスを数件弄りながら、昨夜の男の名を消す。もう呼び出すことはないからだ。
「どんどん消してかないとデータが重くなっちゃうからね」
誰に言うでもなく呟き、最近知り合ったばかりの男の名を呼び出す。彼は考え方が面白いからきっと、この途方もない実験にも付き合ってくれるはずだ。

「――――あ、もしもし? 折原です」





(子宮は思考するんだよ)