「まぁ……その、なんだ」 田中トムは臨也の前でそう言って口ごもった。 場所は川越街道沿いの静かなカフェでの事である。 トムはそわそわとしきりに何かを気にするような素振りを見せ、暫くしてからこう言った。 「煙草、いいか?」 臨也は「どうぞ、」とだけ答え、ほんの数分前に頼んだ湯気の出るコーヒーには手をつけず、近場に居た店員に新製品だという季節のフルーツパフェを頼む。 注文票を手に去っていった店員の後ろ姿を見送りながら、トムは多少意外そうな目で臨也を見た。 臨也はそれに気付いていないのか、何でもないような済ました顔で口を開く。 「今日は来てくれてありがとうございます。ところで……何で俺に呼ばれたか、わかりますか?」 「いや……」 「田中さんならわかってると思ったんですがね」 臨也の赤い目がキラリと鋭く光る。 トムは口許だけで情けない笑みを作ると、深く紫煙を吸い込んだ。 「はは、そりゃ買いかぶりってもんだ。俺はただのしがない会社員だよ」 「またまた……貴方、相当頭が切れますよね。じゃなきゃあの間欠泉みたいなシズちゃんの手綱なんて握ってられない」 「間欠泉とはうまいこと言うな」 トムの要領を得ない切り返しにも動じることなく薄く笑う。 「……ウマイなぁ」 「そりゃどーも」 「そうだ、」と臨也は思い出したようにコートのポケットから一枚の写真を取り出した。 「この人なんですけど」 写真にはトム達が先日取り立てに行った先に居た男の姿が写っている。 トムは顎に手を当て、少し考えるような素振りを見せてから首を傾げた。 「この人、が?」 「……やだな、知らないならいいんですってば」 暫く互いに視線だけの探り合いが続き、燃焼促進剤が入ってないトムの煙草が小さくなるまでの時間、臨也とトムはジリジリと視線を繋いでいた。 傍らでは臨也が頼んだフルーツパフェのアイスクリームが溶けかけて、器に汗を滴らせながら佇んでいる。トムの煙草がジジジ、とフィルターを焼いて灰皿を手繰り寄せようとトムが手を伸ばした同じタイミングで、不意にぱたぱたとパフェの器から汗が落ちた。臨也の視線がトムから外れる。 「お前もパフェとか好きなんだな」 トムの言葉に臨也が視線を戻す。 パチンッと静電気が跳ねるような音がして臨也は固まった。トムの視線が真っ直ぐ臨也の目を見つめている。 それはまるで二本の鎖が繋がって一本になった時のように、二つの列車が連結するように、しっかりと繋がった。 「……ぁっ」 ――――困ったな、目が離せない。 臨也は小さく戸惑ったような声を上げた。 濃い茶をした垂れ目気味の目からレーザー光線のように静かに発射されたそれは、一目ではとても優しげであったが逆らえない強い力を孕んでいる。臨也は罠に掛かったウサギのように身動きが取れず、もがくように忙しく眼球を動かした。 それから暫くして臨也は落ち着けるようにゆっくりと呼吸をし、小さく両手を挙げる。 「……降参、です。俺の負けですってば」 「ん? なんか悪ぃなぁ……パフェ溶けちまったみたいだ。好きなんだろ?」 トムは臨也の前にパフェを手繰り寄せ、何事も無かったかのように煙草の火を揉み消した。ふっと辺りを包んでいた空気が緩み、固まっていた緊張が粒子になって辺りに拡散していく。 臨也は自分の背中に冷たいものが伝う感覚に気付いてはいたが、わざと気付かないふりをして手を合わせた。 それを見てトムは感心したように口を開く。 「お前さん、意外と礼儀正しいのな」 「え?」 不意に予想していなかった事を言われ、臨也が顔を上げると、トムは人が良さそうな笑みでにこっと笑う。 「いただきます、と、ごちそうさま、をちゃんと言うタイプだな。育ちがいい証拠じゃねぇの、しっかりしてるよ」 臨也は瞠目してトムを見た。距離を測りかねて戸惑う。 「……参ったな……俺、田中さんのことちょっと嘗めてたみたいです」 「ん?」 そして困ったように呟き、はぁっと溜め息を吐いた。温かな湯気がたっていた筈のコーヒーは結局、一口も飲まれない内に冷たくなっていた。 終 |