シズちゃんのターン! ふにゃふにゃと臨也の口許が弛む。 ゆるんだ唇からは「む」だか「ふ」だか判別しづらい子供のような言葉が漏れていた。 それだけで静雄の心臓はバクバクと早鐘を打っていた。 あの生意気な臨也の珍しくあどけない表情だ。 (大人しいとこいつってこんなに餓鬼臭えんだな……) 素直で自分を偽らない可愛いげのある子供は好きだ。そういえば、臨也が自分の年齢を21歳と名乗っているらしいと誰かが言っていた。確かにそれも奴の寝顔を見れば納得できる。静雄は臨也の寝顔から目を離せないまま、硬直していた。心臓が痛い。これが恋と言うものだろうか。 10歳の頃にした淡い初恋以来、生まれてこのかたまともな恋愛をしたことがない静雄にとってこれは初めての経験だった。 頭を撫でるたびに、気持ち良さそうに喉を鳴らす姿などは日向に寝転ぶ黒猫を彷彿とさせる。出来れば臨也が起きているうちにこうした穏やかな時間を過ごしたい。けれど同時に、ずっとこの時間が続けばいいとも思う。 繋いでいた臨也の手をぎゅっと軽く握ると、それに応えるように臨也の手がピクリと動く。…………この反応は、あれだ。ツンデレってやつか。臨也の体温を掌に感じながら静雄は悶々と頭を抱えていた。 (やべ……意識したら手汗が……) 緊張の余りじっとりと手のひらが湿ってくる。幸い、臨也は気付いていないようで相変わらずすやすやと穏やかな寝息をたてていた。だがしかし、その事がより静雄にプレッシャーをかけていた。 (ど………どどどどうすれば……こういう時ってどうしたら……!?) 知識も経験も無さすぎて対処法がわからない。自分の手汗のせいで臨也の手までじっとりと湿気を帯び始めていたのでとりあえず、一旦手を離してみる。臨也が逃げないか少し心配だったが、かなりよく眠っているので大丈夫だろう。 手を握ったり開いたりしていると、熱を感じていた手のひらがすーすーと寒かった。 しかしこのままというのもどこか寂しい気がしたので、静雄はあらん限りの勇気を振り絞ってひじ掛けに置かれた臨也の細い腕に自分の腕を絡めてみる。 バクバクと爆発しそうな心臓をどうにか抑え、少々ぎこちない形で寄り添った。 「……ん、」 するりと臨也の手が静雄の手に触れ、長い指が静雄の指をきゅっと握る。 「……!!!!」 そのやわやわとした感覚が心地好いような、落ち着かないような不思議な感じだ。 静雄はそわそわと落ち着かないそぶりで臨也から少しだけ離れる。とはいえ、腕は密着しているので心臓だけはバクバクと破裂しそうに鳴っている。 世間の恋人たちはよくこんなに恥ずかしいことをやってのけているな、と思う。確かに静雄も臨也に惚れてはいるものの、いざキス以上の事をするとなればそれなりの覚悟をするはずだ。 (いやするだろ! するはずだ、絶対) 比較するにも対象がそもそもいないので想像するしかないが。 しかし、静雄とて健全な男子である。好きな相手には優しく接したい。キスもしたい。いやらしいことだって勿論したい。だからこれを乗り越えないことには臨也と自分の未来はないのだ。 意を決して静雄は臨也の手を一旦離し、そっぽを向いていた臨也の身体を自分の方へと抱き寄せた。 「……う、ぅん」 体制が変わったことで臨也が身動ぎ、思わず心臓が跳ね上がる。恐る恐る顔を覗きこんでみるとよほど寝不足だったのか臨也は相変わらず寝息をたてていていた。 (つかあっちぃ……やべ、なんだこれやべぇ、なんか若干えろい気分に……いやいやいやいや) 静雄は一瞬安堵の息を吐いて、臨也の身体を自分の胸板に押し付ける。座席を隔てる肘掛けのせいで体勢が若干苦しいが、そんなの今さらな話だ。だが寝苦しさのあまり臨也が目を覚ましたりすると不味い。静雄はせめて身を乗り出して臨也が寝苦しくないようにしてやる。静雄は長身のため大した苦ではなかった。 (……案外役にたつのな) 自分の身長が意外なところで役立ったことに静雄は素直に感嘆した。 (肘掛け、すげえ邪魔……) 臨也が起きないとわかったことで少し気が大きくなっているのかもしれない。 これさえなければもう少し密着できるはずだ。 静雄は空いた手で間を隔てる肘掛けをくいくいと撫でてみたり根元を軽く握ってみたりと色々悪戯に弄ってみる。下から持ち上げてみると少しだけ上に上がった。 これはいけそうだ……と、ぐっと力を込めて肘掛けを握る。瞬間、バキンとプラスチックが弾けたような音が機内に響いた。 衝撃ゆえかびくんっと静雄の腕の中の臨也が跳ねる。 (……と、とれた) 静雄は自分の手に握られた肘掛けと破片を見るや呆然とした。静雄としては肘掛けの機能として持ち上がるのかどうかを試していただけだったのだが、余りにもあっさりと取れたそれに理解が追い付かない。 「お……おお……」 思わず感嘆の声をあげるが、そもそもここは感動する場面ではない。慌てて肘掛けの残骸を鞄に突っ込み、 何事もなかったかのように座席にふんぞり返る。流石にまさかこれひとつで飛行機がバランスを崩して墜落したりはすまい。いやでもしかし…… (つか脆くね? いや脆いだろ……だって俺あんま力入れてねえし……ああでも弁償とか幾らくらいすんだろ……) 天引きされた今月分の給料から引き算し、静雄はがっくりと肩を落とした。そして後で社会人として正直に名乗り出ようと決意する。そして気を取り直して臨也の身体を障害物が無くなった分引き寄せて抱き締めた。 男として、今はこちらの方が大事である。 シズちゃん内心ドキドキw |