※新羅視点新セル







11月22日、快晴。
今日この良き日に相応しい晴れやかな空が拡がっている。僕はコーヒーを片手にがらんとした誰もいないリビングを見渡した。
愛する恋人は昨日の朝から遠方への仕事で留守である。彼女にそんな野暮な仕事を依頼したのは他でもない僕の幼なじみだ。いつもならば僕と彼女の仲を引き裂くなんて野郎だと口汚く罵ってやるところだが、今日に限ってはこの素晴らしい日に免じて許してやろう。そんなことよりも僕にはやることがあるのだ。
(おっと、セルティが帰ってくるまであと9時間45分……急がなくちゃ)
飲み干したカップをシンクに置き、急いで白衣を着る。今日は一日闇医者の仕事はオフにしてある。そのお陰で誰が死のうとセルティと僕の愛の前では小さなものに過ぎない。どうせ闇医者の世話になるようなのはアングラな世界のアウトローばかりだし。

花屋は予約してあるので夕方取りにいくとして、まずはジュエリーショップだ。
街に出た僕は足早に目当ての店へと向かった。頼んでおいた商品を開店と同時に受け取り、次は市役所に行かねば。食事はネットで予約してあるので心配はいらない。
朝からなんだが、普段では買わない高いワインを購入し、ゲームショップに向かった。
(あっ、クリーニング屋にも寄らないと)
クリーニング屋で服を受け取ったら、次は部屋のセッティングだ。今日は本当に忙しい。

「あ?」
「ん?」

よく知った声に振り向くと、そこには池袋名物ともいえる金髪のバーテンが、彼の上司と共に立っていた。最近出来たという美少女の後輩も一緒だ。
「やあ、静雄! 良い天気だね!」
「つか……すげえ荷物だな……今日、なんかあんのか?」
静雄は僕の言葉には応えず、訝しげに眉を寄せて尋ねた。
「よくぞ聞いてくれたね! 今日は僕とセルティの記念日なんだ!」
……正確には記念日になる『予定』だが。
セルティが断る筈がないから今日は二人の記念日決定なのだ。
「なんかよくわかんねえけど、めでたい日なんか……じゃあ、おめでとう」
何度も言うが、あくまでも『予定』である。……が、僕とセルティの間でなされる愛の契約は既に決定事項なので僕は静雄の祝福の言葉に対して朗らかに笑った。
「ありがとう!」

…………さてと。やることはまだまだたくさんあるのだ。部屋に戻ってきた僕は大急ぎで掃除機を引っ張り出す。セルティが帰ってくるまであと約6時間25分。これはぐずぐずしてられない。
僕とセルティの生活に埃はいらない! 鼻唄混じりで部屋中に掃除機をかけ、次はベッドメイキングだ。下心が見え見えだとかそういうのは関係ない。好きな相手には欲情するのが男の性だ。最高にロマンティックな夜にしてやる。勇み足で新しい寝室のシーツを片手に廊下に出ると、タイミングよく玄関のチャイムが鳴った。
「全く! この忙しい時に誰だい!? 今日はお休みですよー!?」
こうなったら意地でも出てやるもんかと大声で応酬する。が、あまりにもピンポンピンポンと五月蝿い。
根負けした僕は仕方なく扉を開けてやる。

「……………えらくご機嫌だね」
「……なんの用かな?」

現れた人物に私は露骨に眉を寄せた。
「首無しは仕事だろ?」
そして人を食ったような笑みを浮かべる。
「君は全く厭な奴だなあ。誰のせいだと思ってるんだい? まあ今日はちょっとよかったけどね。君のお陰で今日という日を完璧にセッティング出来たよ」
臨也はいつものように何を考えているのかいまいち掴めない表情のまま頷く。
「……それは…………良かった」
それから暫し黙り、ふうと溜め息をつく。
「……で? 何か用かい? 怪我なら残念だけど普通の病院に行くか野垂れ死ぬかしてくれ。生憎今日は忙しくて」
ベッドメイキングが終わったら、テーブルをセッティングして花屋に花を取りに行かなければ。本当はこうしている時間も惜しい。

「……まあ、そんなことは冗談だけど……もし緊急なら別の医者を紹介するから他をあたってくれないかな?」
しかしながら友人を見殺しにするのは忍びない、と、白衣のポケットに入れた携帯を取り出した。知り合いは少ないが、ネブラ関係のツテを使えば一人くらい口の固い医者に当たるだろう。
だが、臨也は僕が携帯を取り出すや否や大きく首を振ってそれはいらないと言った。
「いや別に用とかじゃないんだよ! ただどうしてるかなぁと思っただけだからさ」あまりに臨也らしくない大袈裟な反応に私は首を傾げた。
「嫌がらせにコーヒーでも飲みに来ただけだからさ、どうせ君のことだから中には入れてくれないんだろう? 人がいちゃつくための甘ったるい部屋なんて俺も嫌だしさ、今日は帰るよ」
やはり嫌がらせ目的だったらしい臨也は意外にもあっさりと退散していった。
「……意外と良いところあるじゃないか」
臨也の後ろ姿を見ながら、あいつでも空気を読むことがあるのかと感心しつつ、やはりこれが愛の力かと納得した。
なんにせよ、死人も出ず、友人を見殺しにすることもなく済んだのだから良い日だ。


完璧に彼女を迎える準備を整えた僕は予約しておいたバラの花束を片手に幸せ一杯で玄関に待機していた。
彼女からのメールによるとセルティが家に到着するまであと30分。
どうしよう。にやにやがとまらない。彼女は喜んでくれるだろうか。



シューターの嘶きが聞こえた。
夜はまだ始まったばかりである。