※いい子〜 微妙に繋がり
多分これでおしまいです(^^;



絡めとられたみたいに動けない
僕は弱い弱い弱い








「帝人くんって台風好きでしょ」
「―――…えっ?」

臨也さんの分の朝食を用意しながら不意に投げ掛けられた言葉に振り返る。
臨也さんがさっきからかじりつくように見ている窓の外は、大雨と強風で大荒れに荒れていた。
今日学校は、昨夜関東に上陸した大型台風の為休校になった。
だから本当ならばいつもはもう家にはいない時間なのだが、今日は比較的ゆっくりと朝を迎えたのである。
臨也さんが好きだと言っただし巻き玉子の匂いが鼻腔を擽る。
「いい匂いーねぇ帝人くんお腹空いた」
「あ、ああ……お味噌汁……」
「俺よそおうか?」
「いや、だ、大丈夫です」

くすくすと笑みを浮かべながらこちらに向かってきた臨也さんの申し出を断り、味噌汁とご飯を椀に盛った。

「何か手伝うことある?」
「あ、それじゃあ、お茶淹れてもらえますか」
「はいはーい」

他愛のない会話を交わした後、出来上がっただし巻き玉子を切り皿によそいちゃぶ台に向かうと、冷えた麦茶を二人分のコップに注ぐ臨也さんがいた。
とはいえ、狭い部屋なので臨也さんが二人分のコップを棚から取り出し、麦茶を冷蔵庫から出すところまでしっかりと見ていたので、少しこの言い方には違和感があるのだが。
湯気のたつ味噌汁を机に運び、既に定位置で正座をしている臨也さんの前に並べる。

「俺、帝人くんの玉子焼き好きなんだよねぇ」

そう言いながらにこにこと子供のような笑みを浮かべる臨也さんに内心、ドキリ、と心臓が鳴った。
恋心?後ろめたさ?愛欲?嫉妬?
多分、どれも違う。いや、そうでないと信じたい僕の心かもしれない。

「いただきます」

臨也さんは箸を揃えて手を合わせると、目を伏せて小さく頭を下げた。どこか演技じみているが、非常に丁寧な食前の挨拶である。
臨也さんがこの部屋に住むようになってから、僕は臨也さんの様々な一面を目にしている。
例えば、今のような丁寧な食事の挨拶だとか、お風呂上がりには必ず「御馳走様」ということ、ついでに箸の使い方も完璧だ。

「……どうですか?」

ぱくり、と玉子焼きを頬張る臨也さんに僕は恐る恐る尋ねる。

「美味しい」

普段のイメージからは到底結び付かないような柔和な笑みで臨也さんが言う。

「これって帝人くんの家の味なんだろ?お母さん直伝?」
「あ、そうです。一人暮らしするならこれくらい作れるようにって」
「うち、両親って海外暮らしだったからあんまりそういうのないんだよね」

荒れに荒れた外とは打って変わって、非常に穏やかな時間だ。
臨也さんと僕は、普段の生活ではなかなか出来ないたっぷり1時間かけて、他愛のない話をしながら遅くゆったりとした朝食をとった。

そして今僕は、二人分の洗い物をしながらぼんやりと窓を眺めてい。本当はこれも臨也さんが申し出てくれたのだが、それはやんわりと断った。臨也さんにそんなことはさせられない。

びゅうびゅうごうごう、と、外では激しい大粒の雨が窓に叩きつけられていた。臨也さんが点けたテレビの台風中継では、吹き飛ばされそうなレインコートをやっと着ながら、男性レポーターが海岸線沿いで必死に高波リポートをしている。

「千葉だって。近いねぇ」

畳に寝転んで、僕の買ってきた紙パックのいちごミルクを飲んでいる臨也さんが言った。

「帝人くんって地元どこだったっけ?」
「うちは東松山です」
「埼玉?」
「はい」
「じゃ、池袋もそんなに遠くないんだね」
「いやでも、こっちに引っ越してくるまで僕、地元から出たことなくて」
「へぇ、珍しいねぇ。今の子はけっこうはるばる栃木とかから遊びに来てる子もいるのに」

本当になんでもない会話をしながら、洗い物を終えた僕は臨也さんの隣に座った。
学校が無いというだけで、休日とは全く違う空気が流れていて、それがとても心地いい。
外は荒れに荒れているから、今日は1日家に缶詰めになっても許されるからだろうか。
仰向けに寝転んだ臨也さんが不意に僕の袖を引いた。

「俺さぁ、台風って好きなんだよね」

楽しそうに臨也さんは僕の服の裾を弄びながら言う。

「え?怖くないですか?」
「怖い?帝人くんは台風怖い人?」
「そういう訳じゃないですけど……」
「だって楽しいじゃないか。学校は休みだし、風は強くて、雨は降ってて。みんな壊しちゃうんだ。看板とか飛んできて、川とか決壊してさ、大雨洪水警報とか床下浸水とかワクワクする」

臨也さんは飲みかけのいちごミルクを机に置くと、僕の腕を抱き込むように掴んで勢いよく引いた。

「う、わ…!」

吃驚するほど間抜けな声が出てバランスを崩した僕は、どさりと臨也さんの上に落ちた。

「すっすみませんっ!」

慌てて身を引くが、臨也さんの手が既に背中にまわっているため身動きがとれない。
抱きつかれるような、押し倒しているような形で固定される。

「あ、いて」

もがくうちに、この前の怪我の痕に触れてしまったらしく臨也さんが眉をひそめた。
僕はぱっと手を引っ込め、咄嗟に臨也さんの顔を覗き込む。

「だっ、大丈夫ですか?」
「あはは、帝人君変な顔だね」

クスクスと笑みを漏らしている臨也さんに、僕はまた子供扱いをされたようで少し腹がたった。
しかしどう考えてもこの状況では僕の方が優位だ。
僕は臨也さんの上に完全に乗っかっているし、まだ治りかけの傷は痛むようだし。
それでもまだ余裕を崩さない臨也さんに苛々する。僕の方が優位なのに。
ぐっと臨也さんの手が延びてきて、不意に僕の顔を近付けた。

「ねぇ、」

そしてチュッとリップ音を響かせて臨也さんの唇が僕の唇に触れる。

「帝人くんもそうだろ?」

つ、と唾液の糸の先では、にやりと維持悪く笑う臨也さんが綺麗過ぎてぞくり、と背中が粟立った。

(どうしよう)
冷たい汗が頬を伝う。
僕は全然優位なんかじゃなかった。

逃げ場の無い室内に閉じ込められ、僕は途方に暮れた。
それなのに臨也さんの手が、僕のシャツに延びてくるのを拒めない。
ぐちゅ、唇と唇の間から漏れる汚い音に、くらくらと目眩がした。僕の家の玉子焼きなんて比じゃない。甘い甘い甘い






「すきだよ、帝人くん」
(捕まえたつもりだったのに)