ころん、ころん、 いや、 そんな可愛い音じゃない。 こいつの場合効果音をつけるなら『ごろごろ』だな。 黒いノミ蟲は俺の部屋の隅で寝転んだままごろごろと右へ左へと行ったり来たりしている。 「シズちゃんさぁ……」 不意にノミ蟲、もとい臨也が口を開いた。 「コンビニ」 「行かねぇよ」 間髪いれずに突っ込むと、力尽きたように項垂れる。 「なぁんでぇー」 何がなんでだ。何がどうしたらなんでになるんだ。 突っ込みたいところは多々あるのだが、それを全て突っ込んでいたらキレてしまいそうだったのでどうにか抑えた。 ああ、うざい 大体奴はやたらとコンビニに行きたがるくせに実はレトルトやコンビニ飯は一切口にしない。 じゃあ何故コンビニに行きたがるのか、というと、これまた理解不能な理由だが、深夜のコンビニの雰囲気がたまらなく好きなのだという。意味がわからない。 なら一人で行けよ!と俺は言いたい。だが奴は一人でコンビニには行かない。 一度それで俺がキレた事がある。しかし、その時の奴の逆ギレときたら、 「一人で深夜にコンビニとか寂しいじゃん!?」 ありていに言ってしまえば、キングオブメガトン級のレベルで意味不明だ。やっぱ俺とこいつは分かり合えない。その言葉を発した数十秒後、俺の右ストレートが臨也の腹にクリティカルヒットして奴は倒れた。 「シズちゃんコンビニ行ってきてよー煙草もう無いでしょ?」 「禁煙中だからいらねぇ」 「今吸ってんじゃん!?」 そして会話は現在に戻る。 ぶっちゃけ俺は疲れているのだ。1日中池袋の街を歩き回り、いくら仕事とはいえクソうぜぇ債務者の言い訳を聞いてやり、帰ってきたら何故かノミ蟲が家に居やがる。 …………いや、家に居るのは1000000000歩譲っていい。仏と慈悲の心をもって許す。トムさんも短期は損だとか言ってたしな。 だがしかし、許せないのはそこではない。 こいつは、いつも家に居るくせに掃除も洗濯も料理すらしないのだ。 それどころか俺が仕事に行く時間まで惰眠を貪り、帰ってくるなり「お帰り」でも「お疲れ様」でもなく「お腹空いた」という一言で迎えてくる。 そりゃあ最初はキレてフルボッコにしようとしたが、するとどういうわけか奴は泣くのだ。それも、それはそれは酷い不細工顔で。 鼻水涎その他諸々で顔中をぐちゃぐちゃにした大の男には、正直ドン引きする。いや、恐怖すら感じる。最初はこいつマジで何かヤクとか決めてんじゃねーのかと思って岸谷を呼ぼうと携帯を取ったのだが、それも嫌だと喚きやがる。 まぁ俺にはそんなの関係ないから軽いローキックで臨也を黙らせた訳だが、どうやらヤクではないらしい。 「アイスがたべ、たい!」 ああ、うるせぇなぁ…… 「冷凍庫の氷でも食ってろ」 「嫌に決まってるだろ。シズちゃんバカすぎてアイスと氷の区別も付かなくなった?大丈夫?」 「うるせぇ黙れ岸谷呼ぶぞ」 「……」 なんだこいつにとって岸谷はナマハゲか何かなのか? 岸谷の名前を出すと、大抵の場合静かになるため、俺はちょいちょい便利に使わせてもらっているが、実は若干俺は岸谷と臨也の関係が気になったりする。 岸谷曰く「臨也があんなになったのは半分くらい俺が原因」らしいので、このノミ蟲の被害者である俺だって理由を知る権利はあるはずだ。 逆に、理由がわからないなら岸谷を一発殴る権利もあるわけである。 突然、すっく、と立ち上がった臨也はそのまますたすたと冷蔵庫に向かった。そしておもむろに冷凍庫を開け、製氷器を取り出して氷をボリボリと食べ始める。 俺はその意味不明の行動を、ポカンと眺めていたのだが、やがて臨也が恨めしげな顔で俺を睨んできた。 「氷固い。不味い」 じゃあ食わなきゃいいんじゃないか? 俺の突っ込みも虚しく、奴の赤い目からはボロッと大粒の涙がこぼれ落ちた。 「だってシズちゃんが氷食べないと新羅呼ぶって言った」 俺は言ってない。 断じて言ってないぞ。 とりあえず、奴は岸谷=注射される=嫌だ、ということにしておこう。面倒くせぇから。 俺はまるで、岸谷にクソウザくて面倒くさい餓鬼の面倒を押し付けられたような気分になって仕方がなかった。 この辺りで一発岸谷を殴り飛ばしたいところだが、あんなんでも一応セルティの恋人なのでとりあえず今は、抑えることにしよう。 うえぇん、と、ついに恥ずかしげもなく泣き出したノミ蟲と言う名の餓鬼から製氷器を取り上げ、財布を尻ポケットに突っ込むと、代わりに氷で冷たくなった手をひいてやる。 仕方がねぇからアイスを買ってやることにする。 25過ぎた男が、泣きべそをかいている大の男の手をひいて深夜のコンビニでお買い物だなんて寒いことこの上ないが、この際仕方がない。 泣いてるノミ蟲ほどうぜぇものはない。 笑ってるノミ蟲も同じくらいうぜぇが。いや、真顔でもうざい。どうしたものだろうか。奴は何をしていてもうざいということが判明した。 とりあえず、泣きわめかれるよりは幾分かマシだ。 俺は臨也もといノミ蟲の手をひいて深夜のコンビニへと向かった。 人通りが少なくてよかった。誰彼構わず殴らなくて済む。 「シズちゃん……俺、ダッツがいい……」 「そうかそんなに死にてえのか」 調子に乗ってんじゃねぇ。 夜の街が密かにそれを見ていた。 オワリ |