「ぶ、ぇくしょっ」 「なんだよその不細工なくしゃみは」 間抜けに空間をぶち割るような声が響く。 微妙に汗ばむ初夏の日和。今日は珍しく両方がオフだったため、いわゆる普通のデートというものをしてみようと池袋に繰り出したのが始まりだった。 当然といっては当然の如く軽い口論から発展した、池袋にとっては平和の象徴である自販機が飛び交う殺し合いの後、臨也の「飽きた」という一言によって静雄のアパートに移動してから数分後のことである。 ちょうどまったりとし始めた時分にむずむずと鼻を擦り出した臨也に、静雄は不機嫌そうに眉を潜めた。 「シズちゃんち埃たまってるよいい加減掃除しろよ」 鼻声混じりにそう言いながらズビーと鼻をかむ臨也は、白い肌に鼻の頭だけ真っ赤にさせている。 「あぁん?」 「はっくしょっ……あ゛ー」 臨也の目は連続するくしゃみのせいで涙が浮かび、まるでなめかけの飴玉のようだった。鼻を擦りながら空いた片手でティッシュを探している臨也に箱型ティッシュを手渡してやり、静雄は米神に青筋をたてる。 「喧嘩売ってんのか?」 「売ってな……っえっくしょん」 「くしゃみばっかしてんじゃねー。大体あんな季節感皆無な格好してっから風邪ひくんだよ」 「風邪じゃないって。ほんっとシズちゃんって単細胞だよねぇ最悪だよねぇくしゃみって言ったら風邪しか思い当たらないの?もう苦し……っあと年中バーテン服のシズちゃんには言われたくない」 ぶち、と静雄の血管の切れる音がし、普段の力30分の1程の力で臨也の脳天にチョップを落とす。 「いったぁぁぁぁぁ!」 「うるせーから黙ってろ」 静雄の落としたチョップに、臨也は身悶えながら転げ回った。 「んな強くやってねぇよ。大袈裟だ大袈裟」 「ばっかじゃないの!シズちゃんの“力一杯弱く”は他の人の“力一杯全力”ってことなんだよ!凹んだらどうする!」 「五月蝿ぇな喚くんじゃねぇよ」 涙目になりながら喚く臨也の頭を押さえつけ、静雄はうんざりとテーブルの上の生ぬるくなったコーラを飲んだ。 「ぬりぃ」 しかも炭酸はほぼ抜け、舌にねっとりと張り付くような甘さが不快極まりない。 その上汗をかいたペットボトルがテーブルをびしょびしょに濡らしていた。 「だからさっきクーラー付けようって言ったじゃん」 「五月蝿ぇ節電だ節電」 「はぁ!?……びくしゅっ」 「……つーか酷ぇな。本当に風邪じゃねぇのか?」 ヂーンッと勢いよく鼻をかんだ臨也は、使用済みのティッシュをゴミ箱に放り二枚目に手を伸ばす。再びズズズ、というこもった音が響き、静雄は複雑な顔をした。 「か、ぜじゃない。シズちゃんちの埃のせいだよバカじゃないの」 鼻にあてた二枚目のティッシュの隙間から静雄を睨み付けながら臨也は言う。 「ハウスダストってわかる?ハウスのダストだよ。お家の埃。つまりシズちゃんちくそきたねーよってこと!」 「意味わかんねぇよ」 「あーもうめんどくさいなぁ!」 臨也は不機嫌そうに静雄のコーラをひったくり一気に煽る。 「まっずい!」 そして一言叫ぶと、何やら口を閉じてむぐむぐとやっていた。 完全に臨也のテンションに置いてけぼりを食らっていた静雄は、キレるタイミングを逃して不可解な表情をしている。 「喉痒い!最悪!アレルギーなんだよハウスダストの!まぁ細胞から臓器にいたるまで鉄のようなシズちゃんにはわかんないだろうけど、繊細な人間の俺はこういうちょっとしたアレルゲンにも過敏に反応しちゃうんだよ!とりあえずシズちゃん最悪」 「とりあえずじゃねぇよ意味わかんねぇよ」 は、と我に返った静雄はすかさず臨也の脳天にチョップを落とす。それはドコッというまるで鈍器で殴ったかのような音をたてて臨也の脳天にクリティカルヒットした。 「……………っ!っ!」 「んな強くやってねぇっつの」 声なく悶絶する臨也を尻目に、ふと何かを考え付いたのか静雄はごそごそとバーテン服のポケットを探った。 「おい、ノミ蟲」 そして相変わらずの涙目で静雄を睨み付けている臨也に500円玉を差し出す。 「……なに?」 「これでコーラ買ってこい。あとプッチンするプリンも」 「はぁ!?」 「くしゃみ止まんねぇんだろ」 「はぁ!?理屈が意味不明なんだけど!?それとパシりとどこが繋がるわけ!?」 「いいから行ってこい」 有無を言わせず、静雄はひょい、と猫の子を捕まえるように臨也の首根っこを掴み軽々とアパートの外に摘まみ出す。 「ちょっと意味わかんないんだけど!?シズちゃん最悪!」 暫くキャンキャンと騒いでいた臨也だったが、観念したのか憤慨しながらもコンビニに向かう姿が窓から見え、静雄はのっそりと動き出した。 → |