※モブ臨表現若干あり。いちごミルクと少し繋がってます。







「みかどくんアイスないの」
臨也さんは今日も家に来ている。人の家の冷凍庫を我が物顔で漁りながら、不服そうに言った。
「……どうしたんですか?その腕」
「ん、あった」
コンビニで買った安いバニラバーを手に、満悦の様子でこちらに戻ってくる臨也さんは、いつものように畳にごろりと寝転んでバニラバーを頬張る。
たがしかし、普段とは明らかに違うのは、黒い長袖から伸びる細い左腕がだらりと下がっていることだ。
心なしかその腕を庇いながら寛いでいるようでもあった。
「あ、垂れる」
僕の言葉をまるで無視したまま、臨也さんは重力に負けて垂れてきたアイスを器用に舐めとる。微かに覗いた赤い舌がちょっとやらしいと思った。
「臨也さん、腕」
無視されたことが悔しくて、声が荒ぐ。
急に大声を出された事に驚いたのか、臨也さんは目を丸くして僕を見た。そして クツクツと肩を震わせて笑う。
「はぐらかさないでください。どうしたんですか?」
「いたたたた……」
左腕に触れるとびくり、と臨也さんの身体が震え、柳眉がとても痛そうに歪んだ。思わずぱっと手を離し臨也さんの二の句を待つ。
「ごめんね。無視した訳じゃないよ」
思っていたことをズバリ、指摘され口をつぐんだ。食べ終わったアイスの棒をゴミ箱に放り、半身を上げた臨也さんが笑う。
「ちょっと怪我しちゃってさぁ」
けらけらと笑いながら軽いノリで話す臨也さんの服は、よくよく見ると少し埃っぽいように感じた。
この人はいつも清潔そうな雰囲気をかもし出しているので、なんとなく違和感を感じる。
「どうしたんですか?」
「ん?どうもしないよ?」
きょとんとこちらを見る端正な顔は、僕にはとりつくしまも無いと言うように疑問を一蹴した。
そしてこちらに背を向けて再びごろりと寝転ぶ。
「……ッちょ、!?臨也さんっ」
「…………っ!!」
バッと臨也さんの着ている服を捲り上げ、僕は息を飲んだ。
細い背中の一面に生々しい引っ掻き傷のようなものや切り傷の跡が広がっている。そして脇腹にかけては鈍器で殴ったられたかのような大きな青あざ。
一応、お義理程度の治療は施されていたがそれでもこれは酷い。
「新羅さんの所には行ったんですか!?」
「もっと優しくしてくれない?」
思わず大きくなる声を抑えようともせず、臨也さんの身体を起こすと、臨也さんが苦痛に顔を歪ませた。
「新羅さんの所に行きましょう」
「厭だ」
臨也さんは一言だけきっぱりと拒否の意思を示すと、ぷい、と拗ねたようにそっぽを向く。
白く、綺麗な鎖骨から覗く首元をよく見ると煙草を押し付けられたかのような火傷跡も見えた。そのどれもが洋服の下に隠れるようになっている。
「行かない」
「じゃあ、せめて普通の病院に行きましょう」
「それは駄目」
この様子だと、だらりと下がった腕は多分折れている。
「そんなこと言ったってどうしよう……電話して呼ぶかな……セルティさんのメアドならわかるし……」
「みかどくん」
立ち上がりかけた所で不意に袖を掴まれ、ぐらりとよろめく。
「呼ばないでよ」
「いやでも……」
僕が狼狽えていると、臨也さんは握った僕の服を強く引っ張った。対した力では無かったが、勢いに思わずたたらを踏む。
「新羅のところは、やだ、行きたくない」
嫌々と頭を振りながら拒否の意を示す臨也さんにいつもの余裕は無かった。
「でも……」
「やだ」
何がそんなに厭なのかはわからないが、どちらにせよこのままにしておくわけにはいかない。
僕は珍しく戸惑っている臨也さんの扱いに困惑すると共に、微かな優越を感じた。
「……わかりました。呼びませんから、せめて傷、見せてください。治療しないと」
子供に言い聞かせるように臨也さんの肩を優しく撫でる。
「いらない、大丈夫だよ。だって俺だし」
「その自信は一体どこから来たんですか?その腕、折れてるでしょう」
そう言ってまたいつものように掴み所の無い笑みを浮かべた臨也さんを言いくるめ、ぱたぱたと救急セットを取りに行く。急がなくてはあの人のことだからどこかに行ってしまうかも知れない。
微動だにしない臨也さんの元に戻り、服を捲るとやはり酷い。
「…………っ、」
しかし、服を捲っただけだと傷んだ腕が引っ掛かって痛むのか臨也さんが小さく呻く。
もし腕が折れているのだとしたら相当痛むはずだ。
「臨也さん、服切りますけどいいですか?」
「帝人くん、切る気満々じゃないか」
どうやら本当に僕が新羅さんを呼ばないことがわかったらしく、途端に臨也さんはいつも通りの態度で笑った。
なので僕も気にせず、臨也さんの服にハサミを滑らせ、ジョキジョキと切り開いていく。
(……本当に何が……)
表れた白い背中はまさに傷だらけだった。
だらりと下がった左腕は付け根から青紫色に変色しており、妙な形に曲がっている。その上、煙草を押し付けられたかのような火傷跡は首元だけではなく、背中や腹にかけて至るところに散らばっていた。
「……!!……」
明らかに意図的に付けられた傷跡は、上半身だけではなく下肢にまで至っているようであり、あまりの酷さに僕は思わず顔をしかめる。
とりあえず目立つ傷は消毒し、熱を持った左腕は氷で冷やすことにした。
「あ、ちょっとねぇ帝人くん、俺、トイレ」
不意に臨也さんが手洗いに立ち上がる。
さっきアイスを持ってきた時には気が付かなかったが、ひょこひょこと足を引きずるように歩いている。
「臨也さん」
臨也さんの右腕を掴み、名前を呼ぶと臨也さんは不思議そうに首を傾げた。
「なぁに?」
「足はどうしたんですか?」
「どうもしないよ?」
赤い目を真っ直ぐに見据えて問いただすが、臨也さんの返答はさっきと全く同じである。
「どうもしないってば」
「嘘ですね」
半ば強引に臨也さんのベルトを外し、ズボンを引きずり下ろす。
すると、案の定切り傷や打撲跡等で満身創痍だった。
「ね、やめて」
「やっぱり新羅さん呼びましょう」
「やだ」
「駄目です。こんなの僕じゃ手に負えない」
「やめてよ、いいから」
携帯を取り出そうとする僕の手を握り締めながら、臨也さんは子供のように嫌々と頭を振る。
「新羅は、厭だ」
頑なに嫌がる臨也さんを押し退け、僕は携帯メールを立ち上げた。
そして用件だけの手短なメールを打ち、送信する。
「帝人くんの嘘つき」
臨也さんの赤い目が僕を睨み付ける。
「臨也さんには言われたくないですね」
「俺は嘘は言わないよ」
臨也さんは足元に落ちたズボンを手早く上げ、バタン、と手洗いの扉が閉めた。
「……参ったなぁ……」
僕は小さな嘆息をついて台所の冷凍庫からバニラバーを一本取り出し、頬張る。そういえば、さっきのアイスを頬張る臨也さんはとてもやらしかったなと不意に思い出した。


「今晩はー帝人君、いるかい?」
インターフォンを押すが早いか響き渡る声にはっとし、僕は玄関に飛び出た。
「新羅さん!」
相変わらずの白衣と眼鏡の変わらない姿にほっと息を撫で下ろす。
「ははは、そんなに慌てなくても逃げやしないよ。臨也は?」
あくまでも軽い調子で話す新羅さんを部屋に招き入れ、僕は部屋を見る。だがしかしそこに臨也さんの姿は無い。
とはいえ、家の手洗いには窓もないし、出口は玄関と窓だけだから勝手に出ていくこともできないだろう。
「それが……」
僕が言いにくそうに口ごもっていると、新羅さんはにこにことテンプレートのような笑みを顔にはりつけて真っ直ぐに手洗いの扉の前に向かった。とはいえ、狭いボロアパートなのでたった数歩のことだけれども。
「臨也」
新羅さんが扉に向かって話しかける。
「あんまり帝人君を困らせちゃいけないよ」
しかし扉の向こうの臨也さんは全く反応を示すことなく、むしろ本当にそこにいるのか怪しく思えるほどに静かだった。
「帝人君」
「……え?あ、はい」
「扉こじ開けるけど、問題無いよね」
新羅さんはドクターバックだか工具箱だかを開け、マイナスドライバーを手に取った。
そして鍵の裏側の部分に引っ掛けてかちゃかちゃと回すと、いとも簡単に扉が開いた。
そのまま扉の向こう側へと吸い込まれていった新羅さんを見送りながら、僕はどうしていいかもわからず立ちすくんでいた。
「やだ」
「君は今年で一体幾つになったんだい?もういい大人なんだから我が儘を言わないでくれるかな」
「触るな」
「触らないと治療できないよ」
何度かの問答の後、臨也さんが新羅さんに半ば引きずられるようにして手洗いから出てくる。
臨也さんは嫌々を繰り返しながら右腕を引かれていた。
「臨也、ほらちゃんと歩いて」
「新羅、が、引っ張るから」
「君が歩かないからだろ」
畳の上にへたりこんだ臨也さんを残し、新羅さんはドクターバックを取りに立ちすくんでいた僕の元までやって来てにこりと笑みを浮かべる。
「セルティから話は聞いてるよ、ごめんね、吃驚したろ?」
「……いや、あの、大丈夫です」
「そう」
ならよかった、と笑みをたたえる新羅さんの表情はとても穏やかだった。だから臨也さんがそこまで厭がる理由がわからない。もしかしたら古い友人に弱った自分を見せたくなかったのかもしれない。
(頼ってきてくれたのかな)
手当てを受けている臨也さんを見やると、僕の中の優越感が増した。

「――やめろよ!」
突然、臨也さんが似合わない大きな声で叫んだ。
僕はそれに驚いて、慌てて臨也さんの元へ向かう。
「やめないよ」
見ると、新羅さんが臨也さんの足の治療に取りかかっていた。
しかし、臨也さんは無茶苦茶に暴れまわり、消毒液を持った新羅さんの腕を蹴り落とす。それでも新羅さんは怯むことなく臨也さんの足をつかみ上げた。
「……っ!」
重力に負けた上半身が畳に叩きつけられ臨也さんが呻く。
「帝人君、臨也押さえててくれるかな」
「やだ!」
僕は硬直したまま、首だけこくこくと動かすが、暴れまわる臨也さんに圧倒されて伸ばしかけた手を思わず引っ込めた。
臨也さんの両足を押さえ込んだ新羅さんは、全くいつもと変わらない様子で僕に臨也さんを羽交い締めするように言った。
「ねぇ、やだ、やめろよ、なぁ、やだやだやだ、新羅、厭だ」
「あんまり暴れると舌を噛むからタオルでも噛んでてもらうことになるけど」
僕が見たこともないような困惑と拒絶の入り交じったような顔をして、臨也さんがびくりと震えた。多分これは痛みからではない。
僕と新羅さんに挟み込まれるような形でようやく大人しくなった臨也さんの足を開かせ、新羅さんは平然と臨也さんの下着に手をかけた。
「……えっ!?」
驚いて声をあげた僕をいないもののように臨也さんの下着を含めた衣服が剥ぎ取られていく。
「……っ」
現れた臨也さんの性器に頬が熱くなるのを感じた。
思わず目を背けると、ひぐひぐと臨也さんから嗚咽らしき声が漏れる。
「これはまた、手酷くやられたねぇ」
呑気な新羅さんの声にちらりと視線をやると、今度は羞恥ではなく凄惨さに目を逸らした。
治りかけてはいるが、それでも生々しく残る太ももの内側の火傷の痕はまるで薬品をかけられたかのようであり、性器の周りの陰毛は全て剃りとられ、所々に残る切り傷が痛々しい。太ももには白濁がどろりと垂れる。
僕がなにも言えずに押し黙っていると、新羅さんが口を開いた。
「誰にやられたの?」
「……」
僕に羽交い締めにされて自由の利かない身体を捩って、臨也さんは新羅さんを睨み付ける。
「危ないことはやめろって言ったよね?私の言うことを聞かないから痛い目を見るんだよ」
「しんら、に、は」
涙の膜が張った赤い相貌からつう、と涙が伝う。
「新羅、きらい」
臨也さんの“嫌い”なんて言葉を静雄さん以外ではじめて聞いた。
ぐずぐずと嗚咽を漏らす臨也さんの呼吸をすぐ傍で感じながら、酷い疎外感を感じる。
「僕は、好きだよ」
まるで何でもないことのようにさらりと告げられた言葉にどきっとした。
(僕が言われたわけでもないのに)
僕は臨也さんと新羅さんの間で空気になっていた。意識されていない。もし、今僕がいなくなったら臨也さんはどうするのだろうか。泣くだろうか。それならば確かに今も泣いているけれど、そうじゃない。