2012halloween | ナノ


Happy Halloween!!


「Trick or Treat!」
「……なんだ手前、ついに脳みそ沸いたのかご愁傷さん」
チャイムのベルが鳴り、静雄が扉を開けたその動作と共にパンッと弾けたクラッカーの華やかなテープを頭に乗せ、静雄はひくひくと米神を痙攣させた。
「やだなあシズちゃん、頭沸いてるのはどっちかっていうと君の方じゃないか。お菓子頂戴」
「断る」
「上がらせてもらうよー」
「話を聞けクソ蟲野郎」
「さーむかったあ! あ、炬燵出してんの? やった。気が利くじゃん」
扉を抑えている静雄の腕の間をするりと潜り抜け、勝手知ったると言った態で臨也は部屋に上がり込む。よほど外が寒かったのか、いつもの黒いコートは首元までかっちりと締め、手を擦り合せながらごそごそと静雄が先ほどまで座っていた炬燵に潜り込んだ。
「あったかーい!」
そのまま首まで布団を被せ、幸せそうに臨也は呟く。
「シズちゃん、お菓子ちょうだーい」
「はぁ!?」
「持ってないなら悪戯しちゃうよー? あ、もしかしてされたいの? されたいの? やだシズちゃんのスケベ! えっちー!」
静雄の返答など微塵も待たず、きゃらきゃらと笑う臨也に静雄は首を傾げる。
『Trick or treat!』……そういえば昼にも似たような事を言われた気がする。ふと思い出されたデジャヴに、静雄は頭を捻る。
黒髪に紅い猫目の双子……猫耳と魔女の帽子をかぶった臨也の妹達に襲撃されたのであったか。確か、普段から懐に忍ばせているミルクキャンディをやったら大人しく帰って行った。
だがしかし、いくらハロウィンとはいえ日本ではまだまだ定着していない祭りだ。静雄を毛嫌いしている臨也がわざわざ来るほどのものでは無い。常日頃からおかしなやつだとは思っていたが、ここまで行動に意味がない野郎だっただろうか。静雄は扉を閉め、摘み出してやろうと臨也に近づき、止まった。
「……手前……酔ってんな」
「酔ってないですぅ馬鹿ですかぁ?」
「うっぜ」
すれ違った時には外の匂いで気が付かなかった。近づくとほのかに香るブランデーの匂いに静雄は顔を顰めた。
「どんだけ飲んでんだよ……」
「ちょーっとだよ。ちょーっと。全然酔ってないし、楽しくなるくらい?」
いや、完全に出来上がってるだろ……と、声には出さずに思っていると、静雄の足元に生暖かいものが絡み付いて来る。
何事かと見下ろすと、寒さで固まっていたものが炬燵の温度でぐにゃぐにゃに柔らかくなってしまったような臨也の腕が身体が絡み付いていた。
「邪魔」
それを退かせるように足を上げると、「やー」だの「うー」だのという妙な呻き声を上げて臨也が腕に力を籠めてきた。
「おら退け邪魔だ」
「やーだー悪戯すんの!」
なんだこいつはガキか、と思うような反応に静雄は頭を抱える。普段の飄々とした臨也ならば、もっと容赦なく蹴り上げも出来るだろうが、このようなぐにゃぐにゃで子供のような奴は流石に抵抗がある。元々、静雄は素直な人間には弱いのだ。
「……すわって」
臨也がジャージのズボンを引っ張るので、下着ごとそれがずれそうになるのを抑え、静雄は座った。
静雄が思い通りに動いたことがよほど嬉しかったらしく、臨也はにんまりと笑って、静雄の対面に正座した。
「いつもそうやって俺の思うとおりに動いていればいいんだよ。ん、えらいえらい」
よくできました、と、何やら勝手なことを満足げに語っている臨也は、腕を組んでにこにこと笑っている。普段のような邪気溢れる笑顔ではない、無邪気な笑顔だ。静雄にはそれがなんだか新鮮で、毒気が抜かれてしまう。
「今からシズちゃんを擽ります」
「……いや、俺擽りとかあんま利かねえんだけど……」
「いいから! 擽るの! 黙ってなさい」
「……」
「ん、いいこ!」
わしゃわしゃと犬にするように静雄の頭を掻き混ぜ、臨也が頷く。そのため、臨也の香りとブランデーの仄かに甘いようなアルコール臭が鼻腔を擽った。コート越しでもなお薄い臨也の腹が眼前に広がる。
アルコールのせいなのかはわからないが、静雄の頭がくらりと歪んだ。
「折原臨也、にっくき仇敵、平和島静雄を擽りまーす!」
臨也の細い腕が静雄の脇に伸び、半そで無防備なそこに女のような指先が触れた。
そのままこしょこしょと両の指先が器用に動き、静雄の脇や腹を擽る。
筋肉が分厚すぎて静雄にはくすぐったいとも何とも感じられないが、臨也の指が自分の身体を縦横無尽に這い回っていると思うと、何やら胸の内がこそばいような気がした。
静雄がうんとも寸とも言わないことが気に食わないのか、臨也が身を乗り出して半ば静雄に抱きつくような、押し倒そうとしているかのような状態で手を伸ばした。
静雄も臨也も痩身なので、身長差以外の大した体格差は無いはずなのだが、ここまで距離がゼロセンチ単位にまで縮まると、その差が大きく感じられる。
臨也の腕が静雄の脇の下を潜り、背中に伸びる。背筋をつつつ、と逆なでされ、ぞわりと皮膚が粟立った。臨也の匂いがする。
「ん、くすぐったい……?」
無意識に照れているのか、それともアルコールのせいなのか、目尻を潤わせ、頬を上気させた臨也が呟くようなかすれた声で尋ねる。
くすぐったいか、と聞かれれば実際はそうでもない。しかし、この状況が静雄にとっては大いにくすぐったいと感じられた。
布に覆われていない肌を、ふわふわとした臨也のコートのファーが撫でる。もそもそと蠢くその黒い大きな身体を、何からくる衝動なのか、抱きしめたくなった。
(いや、それは流石に)
無いだろう、と、自分では思いたいが、懸命に指を這わせる背中に、腕をまわしたい衝動が止まらない。
「しずちゃん?」
とろりとした声に呼ばれ、頭がぐらぐらする。これはきっと臨也が飲んできたであろうアルコールのせいだ。そうに違いない。
「甘いもの、食いてえ」