穴2 | ナノ




以前は臨也といえばそれくらいしか取り柄も無い売女のような扱いばかりしていたが、今は臨也の裸を見ても殆ど性欲が湧きあがって来ない。一緒に風呂に入り、髪と身体を洗ってやってから抱きしめて眠る事が通例になっていた。
「し、ずちゃ、」
「ん、いるから。手前は寝ろ。いてやるから」
「うん」
布団に横になった途端擦り寄ってきた臨也を抱き寄せ、心臓の音に合わせて背を擦る。次第に体温が上がり、くうくうと寝息が立ち始めた。

◇◇◇

「あっ、ああっ……ん、ぁ、気持ちぃ、だめ、でちゃう、いく、んっ、んん」
しゅこしゅこと性器を擦る手がどんどん早くなっていき、臨也はラストスパートに登り詰めるようにひくひくと痙攣した。穴、穴の中が気持ちいい。モーター音を立てながら動き回る玩具の動きに翻弄されながら静雄のシャツの染みが大きさを増していく。
「しずちゃ……っ、ぁ、んっ、しーちゃん好き、好きぃ……っいく、いくからぁ……っ!」
乳首とモーターだけでは我慢できなくて臨也は乱暴に玩具の柄を掴んでぐちゃぐちゃと掻き回した。空いた方の乳首はフローリングに擦り合せて必死に快楽を得ようと動かす。興奮しすぎて開いたままになった口は呂律が回らず、子供のように舌足らずに叫んだ。
鏡に映った自分はなんて浅ましいんだろうと思うと頭の芯がぼーっとした。鏡に映った静雄の写真が臨也を、前から後ろから右から左から余す事無く見つめている。もっと、もっとして、見て、喋って、声、声が聞きたい。臨也はのた打ち回った格好のまま芋虫のように床を這いずり、ヘッドホンに手を伸ばした。我慢汁でべとべとになった手もそのままにダイヤルを回す。ぎりぎり、ぎりぎりの距離で雑音に混ざって声が聞こえる。
「ぅぁあっ、ひ、ごめん、ごめんなひゃぃ、洗って、ちゃんとあらう、汚してごめんなさいぃ」
びくん、と大きく全身が震えた。だらだらと鈴口から白っぽい粘液が零れ落ちる。そのまま臨也の身体はフローリングの床に滑り落ち、ひくひくと余韻を残して脱力する。
床に寝そべったまま、はあはあと荒い息を吐く臨也の胎内には未だ玩具が埋まっていた。取る気も無く、電源も切っていない玩具は低いモーター音を響かせながら力強くうねっている。臨也はそれに合わせて腰を動かし、自分の出した精液で滑る床に何とか半身を起こした。我慢汁と精液でぐちゃぐちゃのどろどろになった静雄のシャツを抱きしめ、愛おしげに頬ずりをすると同時に酷い不安感に陥る。洗わなきゃ、洗わなくちゃならない。臨也はずるずると起き上がり、洗面台へ向かった。不意に鏡に映った自分の姿が浅ましくて目を背ける。ノズルを捻り、じゃばじゃばとシャツを洗った。
洗濯機にシャツを突っ込むと、静雄の痕跡が腕に無くなった不安で急に声が聞きたくなり洗濯機の前で膝を抱えた。そしてベッドのマットの間に隠しておいた携帯を取り出す。付き合う事になったその日に、臨也の通信機器は静雄によってすべて壊され解約された。だがしかし都内に点在させておいたアパートとマンションに置いてあった携帯と一部の機器だけは破壊を免れたのだ。大元の預貯金はすべて静雄の管理下になっているのでそれらのアパートも殆ど引き払う事になってしまったが、一部の機器だけは手元に残った。それだけが僥倖である。幸い、いざという時の為の隠し口座が存在していた為、現在それらの料金の引き落としはそこから落ちている。今は充分な金額が収められているが、先を見通すと少々心許ない。
臨也はインターネットにアクセスし、別アカウントでダラーズのサイトにアクセスした。平和島静雄の動向はこれでチェックすることが出来る。フリーメールを開き報告書と題されたファイルを開いた。仕掛けておいた部屋の隠しカメラ映像も再生する。
暗い部屋の中でパソコンの明りだけを頼りに画像を漁る姿は、自分でも浅ましいと嫌になる。だがしかし止められない。好きで好きで仕方が無いのだ。静雄が今何をやっているのか、誰と居るのか、すべて知りたい、知り尽くしたい。声が聞きたくて携帯のGPSを起動する。一瞬でも離れていたくない。でもこんな自分は知られたくない、否、見て欲しい。相反する感情がぐるぐると渦巻いて自分でも理解が出来なくなっていた。
静雄に貰った携帯はあるが、静雄は自分を信じてくれている、だからメールも電話も寄越さない。嬉しい、でも寂しい。寂しいから、自分はこんな事をしてしまうのだ。静雄のせいで自由が利かないから協力者を雇って、それと連絡を取り合う為に言いつけを破っても通信機器が必要なのだ。でもこんなんじゃ足りない。全然足りない。満たされない。

カシャン、ピー、ピー、と洗濯が終わった事を告げるアラームが鳴り響いた。
「せんたく……」
臨也は立ち上がり、ふらふらと洗濯機に向かった。これから糊付けをして、干して、アイロンを掛けなければ。今日は天気が良いから、きっと昼過ぎには乾くだろう。締め切ったままのカーテンを少し開け、眩しい太陽に目を細めた。一晩、今日は一晩離れて眠った。それだけで堪らなくなる。本当は、生で、直で、外を触って、なかを触って欲しくて堪らない。そして浅ましく嫌らしい自分を罵って、痛めつけて、お前は変態だと、生きている価値もないと罵って首を絞めて息の根を止めて欲しい。そうすればこの狂おしい程の飢餓感は成りを顰めるだろう。これはきっと、自分の身体に穴が開いているからだ。その穴を埋めなければ、この渇望は永遠と続く。
臨也は朝日が零れるカーテンを開け、ゆっくりと室内を見渡した。精液の籠った臭い、そして壁一面の目、目、目、そのどれもに無数の穴が開いていて、我ながら狂気じみていると自嘲した。ただその行動に込めた願いは一つだけだ。




――――おれをみて。