穴1 | ナノ

※企画提出作品『24hストーカーコンビ



『穴』



すん、鼻先を埋める。シズちゃんの匂い、匂い、俺の、臨也は狂気じみた妄想に耽りながら右手を自分の内腿の間に這わせた。まるで蛇のように絡み付き、ねっとりと撫でまわす。臨也の手には静雄のシャツが握られていた。昨日彼が一日仕事に着ていたもの、洗濯をする為に臨也が持って来た。首、絞めて、懇願する。しかし両手は塞がっている。それがもどかしくて駄々を捏ねるように寝転んだ。壁一面を覆い尽くすように静雄の写真が貼られ、まるで静雄に視姦されているかのような錯覚に陥った。否、違う。出口の無い狭い四方形の箱の中に閉じ込められてもがく様を無数の眼によって表皮から五臓六腑に至るまでじわじわ焼き殺されていく、そんな妄想が頭を過って離れない。堪えられない体内を燻る熱に侵されながら「シズちゃん」と呟く。
全部、みて、と口の中で呟き、両足を左右に広げる。臨也の前には大きな全身鏡が置いてあり、臨也の霰もない部分を少しの霞もなく曝け出した。誰かに盗聴、若しくは盗撮されているかも、と想像して身体が羞恥と興奮で震える。既に勃ち上がりかけた性器からは銀色の糸が引いていて、奥の蕾をしとどに濡らした。濡れた蕾に指を這わせ、ぐちゅぐちゅと撹拌する。濡れた嬌声が響いた。シズちゃんもっとみて、俺、ねえ、えっちなの、嫌らしいの、だからね、もっとみて、言葉にならない妄想がぐるぐると頭の中を駆け巡った。
「……あっ」
足りない、足りない足りない、自分が欲しいのはもっと、もっと圧倒的な圧迫感と熱だ。こんな細い指なんかじゃ足りない。いっそ熱く熱した鉄の棒でも突っ込んで俺の穴を塞いで欲しい、こんな穴、あるからいけないのだ、詰めて嵌めて埋めてしまわなければ、飢餓感にはふはふと息を吐き、胸に片手を伸ばす。両手が塞がってしまったので顔をシャツに埋め勃起してしこった乳首をくにくにと弄んだ。指先に硬い突起物が触れる度じくじくと胸の内を痛みが苛む。静雄がこんな姿を見たらどう思うか、自分でも浅ましくて反吐が出る。でも止められない。
臨也は床に散乱した玩具を一つ拾い上げ、口に咥えた。じゅぶじゅぶと汚い下品な音を立てて飲みきれなかった唾液がフローリングを汚す。顔をシャツに埋めているせいで呼吸がままならず息苦しさに喘ぐ。余りに派手に喘いだせいでシャツに涎の染みが付いていた。後で洗わなくちゃ、綺麗に、綺麗に、臨也はそんな事をふと思いながら唾液で糸引く玩具を蕾に宛がった。
「は、あ、あ、あん、ん、ぁあ……ぁぅ、しぅちゃ、んぁ、ごめなひゃ……っご、ごめんな……さ、ぁっ、はっ」
奥、奥深くを尖った球体でごりごりと貫かれ、臨也は背を仰け反らせて悶えた。シャツを汚したから、新しいのを買わなくちゃどうしようシズちゃんの宝物、幽君からのプレゼント、と思うのに思えば思う程もっと汚したい。汚されたい、汚して手酷く扱われたくて我慢が出来ない自制が利かない。スイッチを入れると、入り口に向かって段々大きくなる球体がしなりながらグイグイと中身を掻き混ぜていく。内臓を抉られる異物感と不快感が凄まじいのに止められない。気持ち悪くて気持ちいい。
仕舞いにはそれだけじゃ物足りなくて臨也は玩具から手を離し片手で乳首を虐めたまま、身体を持ち上げてシャツを性器に擦りつけた。薄い繊維が敏感な亀頭を刺激して堪らなくなる。下腹部がきゅんきゅんして胸が締め付けられた。ごめんなさい、君にもっと見て欲しくて酷く扱われたくて、臨也はくぐもった悲鳴を上げた。

◇◇◇

「はい、明日の分のシャツね」
「さんきゅ」
きっちりと洗濯され、糊とアイロンでのばされたシャツを受け取り、静雄は破顔した。あれから色々あった。毎日のように殺し合いをして、追い掛け回して陥られては殴って刺されて、この地球上にこれ以上ない程憎んでいた。嫌いだった。だがしかし、今はこうして互いの家を行き来する仲だ。静雄はこの世の奇縁たるや不思議なものだと小さく笑う。今日も臨也は一緒に夕食を取る為に静雄の部屋を訪れていた。
ただ好きだった――。そんなことを初めて臨也に聞かされた時は天地転変の勢いで驚いた。それどころかまるで信じられず、殺してやろうかと思った程だ。しかし顔面をぐしゃぐしゃにしながら泣き崩れた臨也を前に、殴ろうという気力が削がれたのも事実である。それから数日、行方を眩ました臨也をやっと見つけた時、ようやく静雄は一度だけ臨也を信じてやる事にしたのだ。臨也の言うように、臨也が良いように言う事を聞いてやる。
その条件として、臨也の周辺の通信機器は全て静雄の手によって破壊された。今臨也が持っている唯一の通信機器はGPS付きの携帯だけである。勿論それにもフィルターがかかっており、静雄と限られた人間以外との連絡は出来ないようになっている。静雄自身やり過ぎだとは感じていたが、臨也が、もう二度と情報屋などと言う馬鹿げた事しない為にはここまでする必要があったのだ。
本当は新宿のあのマンションも引き払って池袋で一緒に暮らす事も考えたのだが、静雄には二人暮らしをする為のアパートに引っ越すだけの金が無かった。都内から離れ、東京近郊の埼玉辺りならば手が出るのだが、腐っても豊島区である。それに、今の仕事場から離れるとなると気が向かない。それに何より臨也がそうしたがらなかった。
臨也の強い要望に、静雄は一瞬疑ったが一度だけ信じてやると言った言葉を曲げるわけにはいかない。そうして静雄は臨也の希望に応えてやる事にした。しかし、いざその状況になってもそれは杞憂だったと思わざるを得なかった。
臨也は自宅から出ないのだ。否、出られない、とも言う。何故なら臨也の現金は全て静雄が管理していて、臨也は現金はおろかクレジットカードでさえ自由に使えないのである。何かあった時の為に上限金額を指定したカードは持たせてあるが、それも使い道は全てわかるようになっている。
職を手放した臨也の今後を考え、今まで臨也が稼いできた金は全て貯金に回した。そしてあの家賃が馬鹿高いマンションは引き払い、今はそれなりの相場の、しかしセキュリティはしっかりとしたマンションに身を置いている。静雄の部屋と少々遠いのが難点だがそれ以外は以前と殆ど変らない。
「今日、泊まってくか?」
静雄が尋ねると臨也はこくりと頷いた。静雄のアパートよりも臨也の部屋の方が広いのだが、朝も早く忙しい静雄よりも時間の融通が利く臨也が池袋に来る方が多かった。
静雄が腕を広げると臨也は静雄に背を預け、うとうとと船を漕ぎ始める。静雄はそんな臨也の頭を撫でながら臨也の携帯に手を伸ばした。発着信の履歴とメールボックスを確認し、今日も一軒の通知も無い事に安堵する。
「一日中暇じゃねえの? 今日何してた?」
「掃除したり洗濯したりしてた。シズちゃん、シャツの襟のとこにソース零したでしょ。洗うの大変だった」
「あー……忘れてた。すまん」
言われるがままに先ほど手渡されたシャツの襟を見ると、確かにごくごく薄まった染みが出来ている。
「すげえな、目立たなくなってるわ」
「殆ど一日それやってた」
腕の中でむず痒そうに丸くなる臨也の背を撫でながら「悪い」と謝る。以前なら考えられない状況だが、これが今の現実だった。規則的に背中をぽふぽふと叩いてやる内小さな寝息を立て始める。そしてそんな臨也の頭を撫でながら、可愛い、と、柄にもない事を思った。今の臨也を抱いていると、静雄の中で恋慕というよりも憐憫、そこから来る慈愛に似たような感情が湧いてくる。子供は好きだが父親になる事をとうに諦めていた自分の中に父性愛のようなものが湧きあがってくるのだ。
静雄はすっかり寝息を立てている臨也を布団に寝かしつけ、風呂場に向かった。臨也は寝つきも悪く眠りも浅い。抱いてやれば朝まで眠るが、かくいう静雄も朝が早いのでそういうわけにもいかない。臨也は有り余る時間を使って風呂に入っただろうから、静雄はその隙を突いて風呂に入る。時折、一緒に風呂に入る事もあるが最近では殆どそういった事はしていなかった。