「…ヒマさぁ〜」
ラビは一人呟き、その声は談話室に寂しく響く。
「つーか、なんで誰もいないんさ〜?」
どこを見渡しても談話室には、ラビ以外、誰もいない。
ラビは数時間前、任務から帰ってきてばかりである。暇になったためここに立ち寄ってみたが、談話室には誰一人としておらず、ラビはずっと退屈であった。
「なんか面白いことないさ?」
ラビはしばらく考えていた。ラビの面白いこと…それは教団のみなが知る限り、ろくなことではない。
だが、ラビは考える。
「うーん…!そうさ!」
ラビは思い付いてしまった。誰として喜ばない至極の案を。
ソファーから立ち上がり、顔をニヤつかせる。
「早速行動開始さ!!」
ラビは談話室を飛び出す。
とうとう人が居なくなってしまった談話室には、暇潰しにラビが読んでいた本だけが残される。
***
ヒョコッ
ラビはまず、アレンの部屋の前にやってきた。
部屋のドアをこっそりと開け、そっと中を覗く。
「いないさ?」
部屋を見渡してみるが、アレンの姿はない。
ラビはそっとなかに入り、足音をたてないように、つま先立ちで歩く。
「お!」
――アレンめっけ☆
アレンはベッドのなかで寝息をたてていた。任務帰りらしく、疲れているようだ。
ラビはゆっくりとベッドへと近づいた。起こさないようにしなければならない。
――よし!やるさ!
ラビはポケットからマジックペンを取り出す。
ラビは今まで幾度となくアレンの顔に落書きをしてきた。
しかし、アレンは起きて自分の顔を見るなり、すぐにそれを落としてしまった。まぁ、当然でもあるが。
そこでラビはあることを思い付いた。それは、
「科学班特性!強力油性マジックペン!!」
ラビはあれから科学班の者達に頼んで、コムイ捕獲を条件にこのペンを作ってもらった。ちなみにコムイは以外とあっさり捕まった。
――イヒヒ…これは書くと、24時間何をしても消えないんさ!
科学班が改良を重ねたペンのキャップをラビはポンッとはずす。
アレンはぐっすりと眠っている。これから何をされるかも知らず…
しかも、今回は面白さを倍増させるため、
「なんと!3色バリエーションさ!!」
ラビはいつも黒のみだったマジックに赤と青の2色を増加した。なんとも無駄なコネである。
アレンは本当にぐっすりだ。当分アレンは起きないだろう。やるなら今しかない。
――アレン…悪く思わないでくれさ!
キュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッ!
――ふぅー完成さ。
ラビはアレンの落書きだらけの顔をフムフムと頷いて自画自賛する。
ラビから見て自信作のアレンの顔はどこから見ても無残である。これ以上は無理だと思える程の量が書いてあり、もはや何が何だか分からない。
「ぷ…面白すぎ…!」
大笑いするのを必死にこらえ、ラビは出口へと戻る。
イヒヒと小さく笑いながら、音をたてないようにこっそりとドアを閉めた。
「アレンは傑作だったさ…!よし、それじゃあ次は…」
ラビは次のターゲットを定め、その人物がいる部屋へと向かう。
***
キーッ
ラビはドアを開け、中の様子を伺う。
見た限りでは標的の人物はいない。
「…?おじゃましまぁ〜す…」
ラビはコソッと中に忍び込む。
薄暗く、シンプルなその部屋は家具と言う家具をほとんど置いていない。
――ある意味、アレンの部屋より気味悪いさ〜
ラビは部屋の中をキョロキョロと見るが、やはりその人物はいない。
――もしかして、留守?
ラビはため息をつき、部屋から出ようとする。そこに、
ジャキィィン!!
「うおぉぉ!?」
何者かが背後から攻撃してきた。
ラビはそれを辛うじてかわし、そのまま尻餅をつく。
とてつもない殺気がなかったら今頃真っ二つだっただろう。
言うまでもなくこの殺気と今の襲撃は神田によるものだ。
つまり、次のターゲットは神田。
「ユ…ユウ!?」
神田はダークなオーラを放ち、怒りを込めてラビを睨み付ける。
「貴様…人の部屋で何してる!!」
――ユウ……怖いさぁ…―
神田は自分の部屋に無断に侵入してきたラビに激怒している。
だがラビににとって、もちろんこれは想定内。
「返答次第では…刻むぞ!!」
「ちょっ…ちょっと待つさ、ユウ!」
そうラビは言うと、持っていた手荷物をガサガサとあさる。
そして、中くらいの箱を取り出した。
「あげるさ、ユウ!」
ラビは取り出した箱を神田に差し出す。
神田はラビと箱をまじまじと見る。突然入ってきた侵入者が持つものなど、怪しさむんむんである。
当然神田はこう言う。
「要らん。早く出ていけ」
「まぁまぁ♪そういわず!」
――予想通りさ!でも、この一言を言うと…
「そばのふるさと、日本から直々にてにいれた、世界ナンバーワンそば職人のそば粉さ!」
「…なに?」
神田はラビの言葉にピクリと反応する。
――お…食いついたさ!
やはりそば大好きである、神田は。
ラビは気持ちが顔に出ないよう、平静を装う。
「オレ、ある任務で旅行してるその人に会ったんさ。すっげ仲良くなったんでもらっちゃったさ!!」
ラビはいかにもな話をペラペラと話す。
神田も大好物のそばと言う単語に興味を示している。
「オレはそば好きだけど、やっぱ焼き肉派!だからそば好きのユウにあげようと思ったんさ。けど…」
チラッとラビは神田を見る。
「まぁ、要らないんならなんでも食べる大食いのアレンに…」
そういうとラビは出口にすたすたと向かう。
「まっ…待て!」
神田がラビを呼び止める。
――イエイ!きたさ!!
「ん?」
ラビが振り向く。
「その…もらってやらんこともない…」
神田は少し気まずそうに言う。
「マジ!?よかったさぁ。やっぱ味のわかるユウに食べてほしいんだよな」
ラビはポンッと神田のてに箱をのせる。
「秘伝のレシピも中に入ってるからジェリーにつくってもらうといいさ。それじゃ!」
ラビは親切心漂わせる笑顔で神田に手を振ると、足早に部屋を出る。
バタンッ
ラビはニヤニヤして待つ。
――ユウは素直じゃないさ!きっとオレが出たら待ちきれなくなって…
ボウンッッ!!
「やっぱりさ☆」
ドア越しにその音を聴くとこれまた科学班に開発してもらったマスクをつける。
ちなみにこのマスクは、コムイがまた密かに作っていたコムリンの破壊を条件にである。
「さて、入るさ」
ラビは再び神田の部屋へと入り、外に空気が漏れないように素早くドアをしめる。
そして、マスク越しにラビが目にしたものは、ぐっすり眠っている神田である。
ラビが、神田に渡した箱にはそばではなく、催眠ガス噴出装置が入っていたのだ。なんとも汚い手である。
「ニヒヒ…」
キュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッ!!
神田の顔にラビは落書きを始める。
「ユウは、やったことないからやりがいがあるさ〜」
ラビは三色のペンを交互に使い、神田の顔に落書きしまくった。
「いよっし!完成!!」
ラビはペンをしまい、鏡を取り出す。そして神田のとなりに置いておく。
――目が覚めたらきっと驚くさ。
ラビはイヒヒヒ…と笑いながら部屋を出た。
「あぁー、面白かったさぁ!」
――…?
ラビは目をこする。
――ん?眠くなってきたさ…
どうやら先程のガスを少し吸ってしまったらしい。
起きていられないほどではなかったが、楽しんだしそろそろ休もうと思い、ラビは自室へと戻った。
ブックマンは書庫で調べものをしていて居なかったため、ラビは一人で眠りにつく。
***
どれくらい眠ったか。ラビはふと目を覚ます。
「ふぁ〜」とアクビをするとフラフラと立ち上がる。
――今、何時さ…?
とりあえずラビは部屋を出る。
廊下を歩いていると、ぐぅーと腹がなる。
「腹減ったさぁ〜」
腹を満たすため、ラビはスタスタと食堂へ向かう。
「なに食べるかな〜?起きたばっかで焼き肉ってのもちょっと…どわっ!?」
ラビは何かに足を絡めとられ、尻餅をついた。
見てみると、それはいかにも頑丈なロープだった。
「な…何さ!?」
ラビは必死に手で外そうとする。
だが、太いロープで幾重にも巻かれていて全く解けない。
「は…外れね…うお!?」
するとそのロープは引っ張られる。
何処に続いているのかも分からないロープは信じられないスピードで引っ張られる。
そのせいでラビは続けざまに角やら柱やらに体をぶつける。
――どうなってんさ!?
ラビは下へと向かっているようだった。階段も容赦なく引っ張られる。
「いて!いたたたた!!」
段差の角が体に堪える。
階段から落ちたの衝撃もロープの引っ張られるスピードの分だけ凄まじいものである。
――も…もうやめてくれさ…
意識が朦朧としてくる。目が回り、体がしびれてくる。
ラビの意識が限界に達しようとしているとき、ロープは引っ張るのをやめた。
「…止まったさ?」
ロープは3階下の修練場にまでラビを引きずり回して止まった。
――いっ…いったい何なんさ?
ラビは起き上がって回りを見る。
だが、誰もいなかった。
ビュンッ!!
「のわ!?」
ロープは再びラビの体を引っ張り始める。
修練場の中心にラビを引きずるとロープはそこで動きを止めた。
「動いたり止まったり…いったいなんなんさ…」
ラビは自分に何が起きているか全く理解できない。
…しーん……。
修練場はみごとに静まり返っている。
――?何か聞こえるさ…
ゴロゴロ…
ゴロゴロゴロゴロゴロ!!!
「な…何さ!?」
何かが転がってくる音だ。しかもだんだん近づいてきている。
ラビが息を飲んで固まること数秒、修練場の入り口から何かが入ってきた。
「…!?ど…ドラムぅ!?」
なんと入口から入ってきたのは勢いよく転がるドラムではないか。
「どわぁぁぁ!!」
ラビは逃げようと必死にもがくが、ロープが邪魔でうまく動けない。
いつの間にか部屋はドラムで一杯になっていた。
幸い、ラビが不自由な体を必死に動かしてドラムを避けたため、押し潰されることはなかった。
――いったい何が起きてるんさ…?
頭がもうごちゃごちゃである。
すると突然、ラビの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ラビー!聞こえますかー?」
アレンの声。
「アレン!?助けてくれさぁー!!」
どうやら声は新しく取り付けられた拡声器から響いているようだった。
「落書き…どうもありがとうございました…」
「あ…」
――えぇ!?今、そのことぉ!?
「い…いやアレン!あれはちょっとした悪ふざけで…!」
ラビは必死に弁解する。
「あれ…とれなくて、結構困ってるんですよね…」
いきなりアレンの声のトーンが低くなる。
さすがにラビも焦る。
――これは…まずい!!
そこで、ふとラビはあることに気づく。確かにラビは落書きをするが、だからといってラビがやったということはわからないはずだ。アレンはあのとき寝ていたのだから。
「な…なんで俺がやったってわかったさ!?」
「モヤシが見てなくても、俺はお前だってわかっていたからな」
――!?
「ユ…ユウ!?」
入り口に神田が立っていた。
顔に落書きされたままだ。効力は24時間であるのはラビ自身が誰よりも知っている。
「てめぇ…なめたことしてくれたな…」
――や…ヤバイさ!
拡声器から声がする。
「さっき、ばったり会ったたんですよね、神田と。それでラビが犯人だと知りました。だから持ちかけたんですよ、この作戦…」
「んじゃ、これって全部…」
「俺とモヤシの共謀だ」
「…マジで?」
さすがにアレンと神田が手を組むとは意外だった。
ラビは必死に許しを請う。
「マジでごめん!許してくれさー!!」
「今さら、何言ってんですか」
「――!!」
声のする方へ振り向くと、アレンは神田と共に入り口に立っていた。
「ロープ巻くの大変でしたよ、神田」
「拡声器で元気よくしゃべってたくせに」
まぁ、そうなんですけどね。アレンはそう言うと、ドラムを器用にどけながらラビに近づいた。
「ラビ、やられたら倍返し、って仕返しの基本ですよね…?」
つーっ
ラビの頬に汗が伝う。
「あ…あの、その…」
ラビは自分に最大の危機が迫っていることを悟った。
逃げようとは思っても、拘束されていて逃げられない。
「誰か助けてくれさー!!」
ラビは広い修練場の中心で助けを求める。
「残念だが、修練場は三階全部俺達の貸切だ」
神田は鬼のような笑みを浮かべて六幻を抜く。
そしてアレンも手袋を外す。
「ねぇ、ラビ。このドラムの中身、何だと思います?」
――…へ?
「科学班がお前だけの味方だと思うなよ」
――まさか…
「もしかして…ペンの?」
神田とアレン、二人揃って不気味な笑いをする。
「ただ…倍返しですからね?」
「うえ?」
「効果は48時間だ」
――マジで!?
「ちょっと待つさ!ここでドカンぶっ壊すと2人も巻き添えさ!それでもいいんさ!?」
「「まさか」」
神田とアレンは注射器を取り出して自分の腕に打つ。
「これを打つと皮膚の細胞分裂が促進されて、30分だけこのドカンの中身は効かないんです。肌荒れの副作用もありますが…仕方ないですね」
アレンは注射器を放り捨てる。
「30分もあれば…な?」
神田もラビに詰め寄る。
ラビはジリジリと後ろへ下がる。
「ま…マジでやめて!俺…これからまた任務が…」
ラビは苦し紛れの言い訳を始める。
だが、2日間のうちに任務が全くないとは限らないのだ。
「どうぞ、ゆっくりつかっていてください」
「48時間、じっくり染まってろ。クロラビ!!」
――えぇ!?
「「イノセンス発動!!」」
「ギャァァァァ!!」
修練場は「科学班特性!協力油性マジック・改」によって真っ黒に染まる。
これ以来、ラビはほんの少しだけ、イタズラをひかえるようになったとさ。
めでたし、めでたし☆