長編 | ナノ

 第001夜 opening



――暗い。
見えるのは漆黒の世界。
ここにいてもう何日も経つのに、目が慣れてこないのはどうしてだろう。
もしかしたらここがわずかな光すら届かない空間だからではないだろうか。
こんな空間にいつまでもいると本当に今まで過ごしてきた世界は存在していたのだろうか、と疑ってしまうくらいになる。本当は私が今までいたのは夢の中で、現在いるこの空間こそが本当の世界だと。私に姿や形はなく、ただ単に暗闇の中に目覚めた自我なのではないか、と。
だがそれならそれでいい。今までのことが夢だったとしたらもう苦しまずにすむ。悩んで、苦しんで、もう大切なものを失わずにすむ。
ずっとこの暗闇の中で暮らしていよう。今までの夢の中よりはずっといい。
私はそっと目を閉じた。
――……。
その瞬間、このくだらない想像から覚める。
瞼がある。
耳をすましてみる。何もないはずの空間に呼吸音が聞こえる。
私にはちゃんと肉体がある。
それに気づいた瞬間、再び絶望を覚える。
――今までのことは夢じゃないんだ…。
肉体があるなら早く滅びてしまおう。こんなくだらない世界から早く抜け出して、楽なところへ逝ってしまおう。どうせ生きていてもろくなことがないのだから。
そう思っているのに……


――ずっと死ねないのは…何故?


自分の頬を何かが伝う。
すると、次の瞬間…


「おい!大丈夫かー!!」


黒く染まっていた空間が光に包まれた。
そして私は意識を失った。



☆★☆



――……?
消毒の匂い。昔からこの匂いは好きじゃない。怪我が絶えなかった私は何かある度にこの匂いのある場所に連れてこられた。
だがどうしてこの匂いがするのだろう。病院か。もしくは何処かの医療機関か。
私はひどく重い瞼を開けた。


『………』


私の視界に広がっていたのは光の世界。
そして…


「…おや。気がついたね」


見知らぬ男の顔。その顔は微笑んでいる。
私は勢いよく飛び退いた。


「うお!?」


2メートル程離れた距離で着地する。
男は驚いて椅子からずり落ちている。
私は素早く周りを確認する。


消毒の香り。並ぶベッド。何人かの白衣の人間。


どう見てもここは何処かの医療機関だ。
あれから運ばれてきたらしい。
私は手を腰に持っていく。
――武器が…ない。
自分の武器がどこにもない。いつもは腰にベルトを巻き、そこに常備しているのだが、それも取り外されている。


「落ち着いて。大丈夫」


男は歪んだ眼鏡を直しながら言う。随分長身な男だ。
何が大丈夫でどう落ち着けというのか。


「探しているのはこれかい?」


男は私の武器が刺さったベルトを取り出す。


『………』


男の顔は挑発しているわけでもなく、ただ最初と同じように微笑んでいる。
だが今の私にとってはその笑いは不快なものでしかない。
私は男を思いきり睨み、自分と相手の間に隔たっているものを確認すると、それはベッド数台と止めに入ろうとしている看護士2名。看護士達がまるで男を庇うように立っているところから見て、この男は地位が高い者のようだ。


「武器なら返すよ。だから話をしないかい?」


男は看護士達を下がらせ、前に出てくる。
その時、男の胸にあるものが私の目の中に入ってきた。


「……!!」


男が胸に掲げていたのはローズクロス。途端に私の頭の中に黒服の男の残像が甦る。
それを懸命に振り払い、拳を握り締める。
どうやら連れてこられてしまったらしい。


黒の教団に…――。


恐らく私を見つけたのが教団の団員だったのだろう。


「落ち着こう。僕らは君の味方だよ」


男は微笑みを絶やさないまま私に寄って来る。
私はフッと口をつり上げる。
そして、勢いよく駆け出した。


「な…っ」


私の笑いをプラスの方へ捉えていたのだろう。予想外の行動に男の顔には焦りの色が見える。
――味方…?違う、敵だ!
男をよそに私は飛び上がり、宙に舞う。空中で身をひるがえし、男の持っていた武器を奪い返す。武器は男の手から離れ、私の手の中へと収まった。


「待ってくれ!!」


男は叫ぶが、私は着地すると振り向くことなくその場を走り去った。





第1夜end…



prev|next

back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -