長編 | ナノ

 第???夜 閉ざされた国へ



《……………聞こえるかい?アレンくん、フィーナちゃん。「方舟」の内に…入れたかい………?》


方舟に足を踏み入れしばらくして、コムイが無線から声をかけてきた。
そこの声に私はゆっくりと目を開ける。
暗闇から一変して視界に広がった世界に、私達は呆けた顔になる。


『…あれれ』
「はれ?」
《は?どうかした!?》
「あ、いえ。予想してたイメージと大分違くて…」


私は周囲に広がる空間を一望してみる。
一体に広がる白。立ち並ぶ家々はその色のレンガであり、所々に植物も置かれている。何処の方角を見ても他の方角と特に代わり映えがしない。同じような建物が続く道が、私達の目の前に続いている。
――船というよりも、国だな。
まるで見知らぬ南の方の国に迷い込んでしまったかのようだ。
ノアの方舟というのだから、もっと木造の堅牢な船をイメージしていたのだが、私達の立っている場所は木ではなく白いコンクリート。周囲に広がるのは大海原でもなく、ただ普通の建築物。
どうやらここは伝説で伝わっている“方舟”とは天と地程の差を持った場所らしい。この方舟が本当に旧約聖書に記される“ノアの方舟”なのかは知らないが、そうであるにしてもないにしても、得体の知れない場所であることに変わりはない。用心しなくてはならないのは確かだろう。
私とアレンはコムイに一通り見た景色と様子と、体に何の異状もないことを伝え、歩き出す。


《慎重にね!!迷子にだけはならないでね!!!》


コムイの忠告に私達は無言で返す。確かにこのような状況で迷子となっては流石にアホらしい。
だが、その可能性は殆ど無いに等しいだろう。
私は先程から目の前をチラチラと飛んでいるものに視線を向ける。
そいつは私の鋭い視線を感じ取ったかのようにひらり、と踊るように一回転した。ひらひらひら、と華麗にそいつは瞬いており、心なしか挑発されているような気もする。


『あー…切りたいな、こいつ』
「ダメですよ。ティーズはいざという時にいないと困るかもしれないですし。堪えて堪えて」


私は小さく舌打ちする。
アレンの言ったとおり、今も私達の少々上を飛んでいるものは、ティキのティーズである。私達の心臓を喰い破った、あの忌々しき蝶である。
本当は見た途端に双燐で一突きにしてやろうかとも思ったが、思い止まった。アレンの言う通り、ティーズはいざという時の切り札になるかもしれないからである。
ティキ・ミックは私達の生存を知り、再び自らの手で殺そうとしている。そのためにアクマに私達を拉致させ、日本に連れて来させようとしたのだ。そのアクマに私達を生かして連れ去るという選択肢がなかったことはさておき、ノアの方舟を必然的に通ることになるアクマ、もしくは私達の案内役としてティーズを方舟の中に放しておいたのだろう。
今のところ、ひらひら飛んでいるだけのティーズが案内役としての役目を果たしているとは思えないが、曲がり角等私達が選択に困った場合はそれとなく案内してくれることだろう……多分。
ゆらゆら、ひらひら、そのようにしか形容できない飛び方をしているティーズを、私は歩きながら見つめ続ける。
私の視線を追い、アレンもティーズを見つめる。優雅に、それでいてとても不安定な飛び方をしているティーズを見て不安になったのか、それともティキ・ミックのあの強さを思い出して不安になったのか、アレンは目を伏せた。


「コムイさん」
《ん?》
「みんなは大丈夫でしょうか……」


その不安はずっとアレンの中で持ち続けていたものだろう。アクマから日本に伯爵がいると聞かされて、その不安はどんどん増したはずだ。どうか無事でいてくれ、そうと願う以外に何も出来ない自分に歯痒さを覚えていたことだろう。それは、私も同じである。
伯爵。ノア。大量のアクマ。宿敵が勢ぞろいした場で、どんな凄惨な光景が広がっているのか。想像するだけで、恐れに近い感情が湧き上がってくる。
私は何も言えなくなり、アレンと同じように無言になる。
そんな私達の思いを、無線を通じて感じ取ったのか、コムイは明るめの声で言う。


「……不安なときはたのしいこと考えようよ」
「楽しいコト?」
『例えば?』
「あれっ思いつかないかい?例えばね…みんなが帰ってきたら…」


私は、目を閉じる。


≪みんなが帰ってきたら、まずはお帰りと言って肩をたたくんだ。》


《で、リナリーを思いっきりだきしめる≫


≪アレンくんとフィーナちゃんには、ご飯をたくさん食べさせてあげなきゃね≫


≪ラビはその辺で寝ちゃうから毛布をかけてあげないと≫


≪大人組はワインで乾杯したいね≫


≪ドンチャン騒いで、眠ってしまえたら最高だね……≫


≪そして少し遅れて、神田くんが仏頂面で入ってくるんだ≫


――そしてラビが起き出す。「ユウ!」と人懐っこい笑みで肩に腕を回し、神田が反発して怒る。私とアレンがその様子に口を出し、2対1で喧嘩になる。そしてリナリーがそれを止めに入り、私達はそろって説教をくらう。周囲で微笑ましげに見ていた大人達に巻き込まれ、私達は揃って騒ぎまくる。夜遅くまで騒いで、ふざけて、遊んで……


コムイの話の続きが、自然と頭に浮かんでしまう。いつもの日常が戻った光景が、まるで未来を予知しているかのように鮮明に見える。きっと、日常が戻ってくることを信じているからなのだろう。
私はゆっくり目を開け、笑う。


『悪くないね、それ』


またいつかのように、そんな光景が見れたらいい。
またいつかのように、そんな日常が訪れたらいい。
こんなこと過去の私なら願わなかったことなのだろう。
だが今なら…今だから、はっきりと言える。


――私は、こんな馬鹿らしい日常が好きだった。


何かと言いつつも、当たり前に過ごすこんな日常が好きだった。
喧嘩もする。蟠りもある。過去が頭をよぎる。
だが、それでもいい。私は、再びそんな日常に戻りたい。戻って、そうやって過ごしたい。
私は決意を込め、上を見上げる。


『絶対に、帰るから。皆で』


見上げたところは天井。太陽はない。
だが何故か、日の光が当たったように明るく感じた。
その明るさに戦意を込めた笑みを向け、私達は日本の入口を探しに奥へと進んでいった。





第??夜end…



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