私が不思議な妖精さん!?第六話
 食堂を出て、午後の講義がはじまるまでの間、望月聡美(さとみ)は喫茶店に足を運ぶ。
 コーヒーと共にKleeを楽しむことが日課であったが、最近は別の理由だ。
「いらっしゃい。どうぞ」
 いつもの席へ促してくれる店主、小野寺京介もまた、柔和な笑顔に影が見える。
「今日はカウンターで」
「どうしたの、めずらしいね」
 やんわりと驚く京介に、聡美は苦笑いを浮かべた。
「先輩の愚痴、きいてもらいたくて」



【私が不思議な妖精さん!?第六話】



「もう一週間になるんです」
「連絡が途絶えて、ねぇ……最後にあったのはここ、でいいんだよね?」
 京介が出したサイフォンコーヒーを受け取り、聡美はうなずいた。
「詳しくはお話しできな、いえ、わからないのですが……とつぜん消えてしまって」
「お会計もめずらしく一緒だったもんねぇ。最後に何か言ってたこととかある? 警察に連絡は?」
(連絡なんて、できるはずない)
 聡美はコーヒーを口に含む。
(突然現れた黒い穴。Kleeのキャラがゲームに戻っていくときと同じ感じがした、穴。きっと先輩は、なんでか知らないけれどKleeの世界に入ってしまったんだ。キャラが現実(ここ)に出てくる以上、逆がありえないなんてこともないわけで……)
 先輩の境遇を想像した聡美は、拳を堅く握った。
「うらやましい」
「今なんて?」
「あ、いえ何でも、ないです。警察には連絡していません。いつフラッと戻るかわからない人ですから」
 思わず出た本音をごまかしながら、聡美がうなずく。
「そう……ねぇ、おねえさん」
 そんな聡美に相づちをうちながら、京介がため息交じりに言葉を続けた。
「うちのリョウくんがね、帰ってこないんだよ。これも、もう一週間」
「そうなんですか?」
(先輩が消えたのと同じ時間だろうな)
 聡美は内心思う。
(リョウから出ていた黒いもやもや。様子もおかしかったし、庇ったイーターと一緒に黒い穴に入って消えていったし)
「それこそ、運営に連絡しましたか?」
「何度もしているよ」
「運営はなんですって?」
 京介は、大きく吐きたいため息を、客前というところで押し殺した。
「簡潔に言うと、調査中。原因不明なんだって」
「そうですか……」
「そうなんだよ……サブでアカウント作って遊んでるくらい、リョウくん帰ってこないんだぁ」
「できましたものね、タウン2、3。私もやってますよ。今度一緒にレベリングしましょうよ」
「そうだねぇ、そうしようか。ありがとうおねえさん」
 うんうん、とうなずく京介は、今にも涙ちょちょぎれそうだ。
 と。
「ぴーぃ」
 ころんとコーヒーカップの後ろから出てきたのは、長い銀髪に黒いノンスリーブを着たルナだった。
 ルナはきょろきょろと辺りを見回して、マスターを目に留めた。身振り手振りで何かを伝えようと必死になっている。
「ルナっ」
 聡美は人差し指を口元に当てて、しぃ、とした。
(マスターに見つかったらやばい気がする、いやもう知ってるんだけど、ルナとサシで話したほうがいい、気がする)
「マスター、お手洗いお借りしますね!」
 聡美はルナの襟足をつまむと、もう片方の手で隠すようにしてルナを連れてお手洗いに入った。
 お手洗いの手洗い場横にルナをそっと置く。
 ルナは聡美の目をじっと見ながら、何かを考え込むように腕をくんだ。
「どうしたの、ルナ。先輩のこと?」
 ルナはピンポンとうなずいた。
「そうか、こちらから声をかければ、イエスノーで答えられるのね。
 ルナ、先輩は今そっちの世界にいる?」
 ピンポン。
「無事でやってる?」
 やや間を置いて、ピーポーと倒れてから首を縦に振った。
「なんとか必死こいてやってるらしいすね、先輩」
 先輩に対する口調に戻りながら、聡美はルナに話しかける。
「先輩は、こっちの世界に戻りたがってる?」
 ピンポン、ブブー、と相反する答えが返ってくる。
(癒やしの世界だものね……迷ってる? それとも、帰り方がわからないだけ?)
「先輩をこっちの世界に連れてくることはできる?」
 ルナは腕を組んで考えたあと、ピンポン、とうなずいた。
 じっと聡美の目を見て、手を振る。
 やがて空間にできた穴に飛び込んで、ルナは消えてしまった。
(連れてきてくれる、ってことなのかな……)
 聡美は口元に手を当てて、それからサイドで止めていた髪をほどく。
(私は先輩にどうなってほしいのだろうか)
 セミロングの髪を手で梳き整える。
(……いなかったらいなかったで、断じて寂しいわけではない。けど
……そうだ、あの先輩がひとりでやっていけるハズがない)
 もう一度サイドにゴムで縛り、肩の前に出す。
「人間に戻れるならそれで良し、戻れなかったら私もKlee民になる!」
 よし、と柄にもなくガッツポーズをして、聡美は喫茶店のお手洗いを後にした。



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あとがき

 そのころ現実世界では、というお話でした。
 たぶんオクターヴァと現実世界の時間の流れって違うんだろうなぁ。


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