私と不思議な妖精さん 第一話
 ふと私の目に留まったのは、デスクの上で角砂糖を一心不乱にかじる、三頭身ぬいぐるみーー妖精さんの姿だった。



【私と不思議な妖精さん 第一話】



「先輩、いい加減定職就いたほうがいいんじゃないすか?」
「余計なお世話だよ、さっちゃん! 仕事してるし!」
 洒落たカップからコーヒーを含んださっちゃんこと大学の後輩は、小さな溜息と共に首を横に振った。
 さっちゃんの心中を読み取ってしんぜよう。売れないコラムニストのくせに。てか喫茶店で大声立てるなし。……って、私がいちばん知ってるわ! と、こちらも心中で毒づいてみせる。
「お手洗い行ってくる」
 ちょっとムカついたので、私は席を立って喫茶店はお手洗いに向かった。思いの外椅子の動く音が小さかったのは、断じて落ち込んでるからではない。
 用をたすわけでもなく、蛇口をひねって水に手を晒す。ふーんだ。私はいつか、バイトで稼いだ貯金を崩す生活から脱して、立派な小説家になるんだ。エンタメした小説を書く売れっ子作家に。
 けなしていられるのも今のうちだぞ、とは言えずに席に戻る。さっちゃんはスマホを横にして弄っていた。
「ゲーマーめー。なにやってるの?」
 覗き込むと、そこはおもちゃ箱のような可愛い世界観で、そのなかに三頭身のぬいぐるみみたいな人型キャラクターがたくさんいた。世界観もそうだけど、なんだこの可愛い生き物たちは。踊ったり笑ったりしてるぞ。
「Kleeっていうゲームす。MMORPG」
「えむえむおー……なんだって?」
「ゲームに疎すぎすよ先輩。モノ知らないと小説なんて書けませんよ」
「うっ」
 図星で言葉につまったのを、咳払いでごまかす。
「私はねぇさっちゃん。辛辣な後輩より癒やしの生物が欲しかったよ……」
「ガラケーじゃKleeできないすしねぇ」
「ガラケーは偉大だぞ! メールは打てるし電話だって」
「辛辣な後輩の誘いにいつも乗ってくれる暇人すしねぇ」
「き、喫茶店の珈琲が好きなだけだよ」
「どうだか」
 冷たい後輩は最後の一口を飲み干して、喫茶店のマスターにチェックを頼んだ。私も残り少しだったアップルティーを飲む。違う、珈琲だって好きなんだけど今日はアップルティーの気分だったんだ本当だよ!
「というわけで先輩。あとでスクショして送っておいてあげますから」
 なんだかんだ優しいじゃないか。飴と鞭すきだぞ。
 そう言って少し駆け足で去っていく後輩の後ろ姿を見送ったあと、私は腕時計を確認してみた。午後一時三〇分、なるほど、午後の講義が始まる頃だ。
 私も優雅な時間を過ごしてばかりじゃいられない。明日締め切りのコラムが五件残っているのだ。ん、五件?
「やば」
 決して筆が速いわけではない。急がなきゃ!
 私はさっちゃんと違い全速力で帰路についた。


 そして冒頭に戻るわけで。
 コラム三件目を途中まで終わらせて、背伸びして一息ついたときだった。
 カリカリと音が聞こえる。部屋のデスクはノートPCにつきっきりの私は、あまりに近すぎたそれに気づくことができなかったらしい。
 自分で淹れたもう冷めちゃった珈琲の横、外した角砂糖ポットの蓋に座って、ポットの中身である角砂糖をハムスターのようにカリカリとかじる、手のりサイズの妖精さん。
 どこかで見たことのある子。長い銀髪の上にちょこんと青いティアラを乗せた、三頭身の女の子が、私のまじまじとした視線にやっと気がつく。
「ぴぃっ?!」
 おもちゃの笛のような声? をあげた女の子は、肩をはねさせて素早くポットの後ろに隠れた。いや、見てるところで隠れたってバレバレなんだけど。
 私はそんな野暮なツッコミよりも、ある種のときめきを感じていた。
 なんだこの可愛い生き物は、と。そして思い出した。昼間も同じときめきがあったことを。
 ガラケーを開く。メールが一件だけ。寂しいヤツとか言わない!
 さっちゃんからのタイトルも文面も無いメールには、自分の操作キャラだろう銀髪の、そう、目の前にいた子とまったく同じの容姿の女の子の画像が添付されていた。
 そうっとポットの後ろから顔を出し、私と目が合ってシュッと引っ込んだその子は、くれーとかいうスマホのゲームにいたキャラクターだった!
 そんな非現実的なことに驚くよりも、私は角砂糖をひとつつまんで、ポットの後ろの彼女に持っていく。ほれ、ほれほれ。
 しばらく様子をうかがっていたらしいその子は、またそっと顔を出し、私と角砂糖を交互に見比べたあと、ぱっと両手で角砂糖を奪い、ポットの後ろに身を縮こまらせた。またか。
 そのまま観察を続ける。やがて女の子は、またポットの蓋に座って足をぶらぶらさせながら、モヒモヒと角砂糖を頬張りはじめた。
 両手で持ったそれは、等身大でいうとハンバーガー三段重ねくらいの大きさだ。
 何回かカリカリとしたあと、口の中で融ける感覚に目を輝かせて、カリカリして、を繰り返している。そのうち手の中のものが小さくなってくると、しゅんと肩を落とすのだ。
 これを可愛いと言わずして何と言おう! そうだ、癒やしだ!
「もいっこ食べる?」
 心なしかはすはすしながら、震える指で角砂糖をつまみ、彼女の前に持っていく。そろそろ女の子や彼女っていうのも、味気なくなってきた。
 名前をつけよう。私の角砂糖を嬉々として(といっても何故か無表情なのだが)受け取る前に、彼女の着ている服の全体像がちらりと見えた。
 全体的に黒く、ノンスリーブ。腰にラインが入っていて、胸元に金色の上向き三日月と二本の紐のようなアクセサリーがあった。
 月光のような美しい銀髪と、三日月……うん、月にちなんだ名前。
 ルナ、がいいかな。
「ルナ、って呼んでもいいかな?」
 ちゃんと前のを食べきってから新しい角砂糖に口を付けるルナの、愛らしいことといったら!
 私の問いかけに、ルナはきょとんと私の目をじっと見て、こくりとうなずいた。どうやら私の言葉は通じるようだ。いい子。可愛い。ぎゃんかわだ。と。
 ジリリリリ! 味も素っ気も無いアラーム音が、目覚まし時計から鳴った。目覚まし時計といっても、これは仕事終わらせてはやく寝ろのアラームだ。もうそんな時間になったのか。
「私寝るから。角砂糖、勝手に食べていいからね」
 最後の一言に、無表情ながら目を今までで一番輝かせて、ルナは何度もうなずいた。可愛い。ずっと愛でていたい。でも原稿のために寝なくては……。
「おやすみ、ルナ」
 電気を消す前に一声かけると、ちらかした砂糖粒を一生懸命集めて掃除していたルナは、手を振ってくれた。
 今日から、小さな妖精さんとの生活が、幕をあけたのだった。



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あとがき

 とうとう書き始めてしまったKlee二次小説というかキャラ小説。
 更新は不定期です……書きたくなったら書きます。
 不安なところが多々ありまくりますので、罵詈雑言受け付けます。Twitterが反応早いです。どきどき。


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