BASARA成り代わり短編 | ナノ
桎梏された竜

「人から一つ嬉しいことをされたのなら貴方は二つ他者に優しくなさい
 そうすればまた××に幸せが降り掛かるのです
 貴方が他者にしたことが廻りまわって貴方に届くよう・・・母は祈っていますよ」

それが母・義姫の口癖だった。
一つ貰えば二つ、二つ貰えば四つ。
そうすればどんどんと幸せになれるのだと。
美しい母。温かい日差しに照らされる姿は天女のようだ。
縁側に座り、その隣に私も居て・・・優しい時間がゆっくりと過ぎて行く。
見目麗しい人間は心までもが清らかで。
母から発せられる言葉は、いつも真っ直ぐに私の胸に染み渡る。
湖に小石を投じたように水面は波紋が広がり辺り一帯にいつまでも響く。
優しい教え・清らかな思想・純粋な心
私は母を尊敬していたし、この母から生まれてきた事を誇りに思った。
癇癪を起こし世話を掛けてきた父と母を安心させたい。
そして今までに迷惑を掛けてきた全ての人々に恩を返したい。
その期待に応えたいと次第に思うようになってくる。
将来はこの伊達家を継ぎ・・・家臣や民を、日ノ本を平和な世に導いていこうと夢見ていた。
勉学や鍛錬、武芸にも精を出す日々が続く。

何の不満も野望も無かった。
ただこの現状に満足し享受していただけなのに――割に合わない悲劇が私の身に降り掛かったのだ。


* * *


「化け物!!!」
母の美しい声が汚らわしい罵倒を紡ぐ。
女性特有の金きり声が耳を抉る。
今にも私に襲い掛かりそうな母を周囲の家臣達が取り押さえる。
髪を振り乱し、化粧が崩れかかっており顔を醜悪に歪ませる母。
それは以前ずっと一緒にいた優しい母の姿ではない、まさに鬼の形相だ。
己の中にある美しい母の姿と重ならない目の前の存在にゾッと背筋に冷たい物が走る。
この人はだれだ?
ガタガタと体の底から震えが湧き起こった。
それをどう勘違いしたのか、乳母の喜多が私をまるで壊れ物を扱うようにふわりと抱き締める。
甘い香りがしたが私が欲しい香りじゃない。
『大丈夫ですよ』と壊れたレコードのようにそればかりを涙声で繰り返す喜多。
何が大丈夫なのだろう?母は、義姫様は?
体をずらし、母の方を見た。その姿は以前までの母とは違って私の目に映る。
誰だ?そこに居る人は一体誰なんだ?

「私の××を何処へやった?!おのれ・・・おのれ忌々しいぃ・・・っ」
「母、上」

認めたくない。
母が、このようになって私を否定するなんて。
願いは届かず義姫様は頭を振る。

「あああぁっ!止めよ!止めよ!××と同じ声を使うでないわっ!早に私の視界から消え失せよ!!!」
「待って下さい、僕は・・・僕は××です!!」
「××様!どうか今は自室へお戻りくださいっ・・・!」

母の数々の罵りが私の心に深く突き刺さった。
泣き崩れたまま此方をギロリと睨み付ける目は憎悪の炎で燃え滾っている。
焼け焦げそうだと頭のどこか隅っこで思った。
喜多が泣きながら私を義姫様から遠ざける。
母は家臣達にもみくちゃにされながらもしっかりと私を目に映す。
私も恐る恐ると母を見た。暴れ回る母を見ると彼女の教えが脳裏をよぎる。
人にされたことを、倍にして人に返す
それはまた自分へと廻り、自分は幸せでいっぱいになると

拒絶されたのなら、私は母を拒絶すればいいのだろうか
否定されたのなら、私は母を否定すればいいのだろうか
無視されて罵倒されて・・・私はあの時どうすれば良かったのか


* * *


「・・・・・・っ」
右目中心に激痛が走った。
幸せな夢は悪夢へと変化し私を内側から苦しめる。
飛び起きればいつも通りの風景があった。
今のは夢だったのか・・・いや、夢じゃない。この激痛が何よりも現実だと物語っている。
ズキズキと焼けるような目の痛み。天然痘と呼ばれるこの病は私から様々なものを奪っていった。
己の右目、そして醜く爛れ腐った己の顔の右側半分
私を甘やかしていた周囲の者達はまるで腫れ物を扱うように遠のいていった
父は息子にどう接したらいいのか分からず話し掛けることが少なくなった
母は病に闘い抜いた私を『××』とは認めず化け物と罵った
平穏に暮らしていた私の日々は己の存在を否定され拒絶され罵倒される日々に変わった。
あまりにもひどい日常の変化だ。コインの表から裏へ引っ繰り返された神の気紛れ。
天国から地獄へ。平和から凶変へ。全てに見放されてしまえばもう笑うしかない。
私が一体何をしたというのか。慎ましく生きてきたと思う。
なのに、この仕打ちはあまりにも報われない。

「××様」

低い声が障子の向こう側から聞こえた。残った左目で確認すると障子には人影が映っていた。
姿が見えずともハッキリと力強く感じるその存在感は、縮こまって息を潜める私には大きく感じる。

「もう起きておられますか?朝餉の準備が整いましてございます」

呼ばれたが返事はしない。朝餉の用意も出来てるらしいが知らん。
入室の許可も与えない。その理由は単純明快で実にシンプル。
私がこの男を気に喰わないからだ。
父は私に妙な気を遣い、私専用の小姓や教育係、世話係をたくさん雇った。
しかし私はその心遣いを無下にしツンとした態度を貫いた。
可愛げの無い態度で出て行く者も多かったが、それに付け加え私の姿形に恐れおののき逃げる者も多い。
両手の指じゃ足りない程の者が私の世話を嫌がり辞めていく。
20を越えたあたりで数えるのを止めた。
障子の向こうに居る男・・・名は何だったか。顔合わせの際、名乗っていたような気もする。
どうせすぐに辞めるだろうと思い覚えはしなかった。しかしあの男は何十日もこの城に留まっている。
予想外だった。
初対面でもそうだったが奴は感性がおかしいように思う。
奴は私の姿を見ても驚く様子もなく平然としていた。
奴の態度は眩しく映ったと同時に心の底から憎く思う。
あの男は何故辞めないんだ?何が目的だ?金か?それとも私利私欲のためか?
分からない。あいつが分からない。
・・・しかし最初からこうして冷たく接しているのだ。
今更私がデレっと態度を変えるのも気に喰わない。
こうなったら意地比べだ。私は奴が辞めるまでこうしているぞ。
返事もしないし無視もする。

さっさと辞めちまえ




【新しく代入された世話係の男side】

運命だとか定めだとかそんな不確定な事は信じてはない。
けれどこの出会いは必然だったと思いたい。
それは××様と初めてお会いした日・・・自分が必要とされたと感じた日だ。
××様のお父上、伊達輝政様に世話役を任された。
はじめは餓鬼のお守りなんざやりたくも無いと思ったが、××様にお目通り叶った際・・・面倒な思いも無気力な思いも全て吹き飛んだ。

その日、大きな広間に通され輝政様と××様にお会いした。
輝政様は反応の薄い××様に話し掛ける。

「この男は喜多の弟の片倉小十郎。今日からお前の世話役になる男だ」
「・・・・・・・・・・・・」

××様は品定めするような目で俺を見た。
輝政様の命により面を上げているからその姿がよく分かる。
細い体、枯れ木のような腕、乱暴に巻かれた包帯
表情は死んでいると言っても過言ではない
何もかもを拒絶している瞳・・・そう見えたが一瞬煌めいたような気がした。
よくよく観察してみると瞳の奥が猛々しい竜の瞳孔とよく似ている。
××様は将来奥州を・・・いや、天下を掌握するお方だと理解させられた。
ここで才能を腐らせ捨てるのは実に惜しいお人だ。
このような人の隣で生きれるのか
××様のようなお方の傍で生涯仕えれるのか
そう思うとゾクゾクと嬉々とした感情がこみ上げる。

「片倉・・・」

××様が俺の姓を口にする。それだけでも体に歓喜が溢れる。
名を呼ばれたらどれだけの歓喜が走るのか。想像するだけでも狂喜が身を襲った。
そうもしている内に××様が音も無く立ち上がった。
座っている時も立ち上がった姿も所作が美しい。
見上げる形となった××様。××様は無表情のまま言い放った。

「早めに辞めた方が身のためだ。アンタがここに居る理由も意味も無ぇ」
「××、座りなさい」
輝政様がお叱りはしたものの、××様は立ったまま。
「こんな餓鬼を相手にすんのも楽じゃねぇぞ。どうせアンタも辞めるんだろう?
なら初めっから馴れ合うつもりもない・・・帰れ」
言いたいことは終えたのか、××様は戸に手を掛ける。
「××!」
「父上、気分が悪いのでこれにて失礼致します。あぁそれと・・・」

××様は振り返り輝政様に衝撃的な言葉を投げかけた。

「僕のこと、要らないなら力をつける前に処分した方が良いですよ」

返事も待たず反応も待たず
××様は礼儀正しく頭を下げ部屋から出て行った。
冷めた目、全てを諦めている顔、希望も求めず助けも必要としない態度
その姿が何よりも痛々しく映った。
そして益々このお方に仕えたいという気持ちが膨らんだ。

絶句する輝政様を尻目に、俺はいつまでも××様の姿を目に焼き付けた。

いつか、××様の傍に仕える日を夢見て。



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