お前を守るのが、俺の仕事だった。 土方クソヤローに言われて行った場所には、 俺と同じ色の目と髪を持つ少女がいた。 「私たち、おんなじですね」 少女は悲しげに笑っていた。 俺の半年続いたその仕事はその少女の護衛だった。 俺と同じ蘇芳色の瞳には、嫌な"能力"があり、 宇宙海賊、春雨に狙われているらしい。 本人がそう言っていた。 嫌な"能力"って何だ、と聞いたときは、苦笑いするだけで、 詳しくは教えてくれなかった。 名は姫というそうだ。 最初は、仕方なくやっていた。 怪しそうな奴らを片っ端からぶった斬っていくだけで、 ただのストレス解消みたいな感じだった。 サボらなかったことが珍しい。 姫のことは、何も思わなかった。 ただ、どこか薄っぺらいガキだと思った。 周りに変なヤツはたくさんいたし、 姫もその類だと思っていた。 何を考えているか分からない、可愛げのないやつ。 それだけだった。 1ヶ月ほどして、少し可愛いやつだということが分かった。 納豆が嫌いだったり、寝るときは仰向けのままじゃなきゃ眠れなかったり。 なるほど人間らしいところもあるじゃないか。 それでも、やっぱり少しだけ気味が悪い。 両親がいないというのに、いつも笑ってばかり。 使用人もよそよそしくて、いつも1人だった。 こんな生活が楽しいわけがない。 楽しくないのに笑っていられるわけがない。 何を我慢しているんだ。 ただのちっせぇガキのくせに。 我慢なんかするんじゃねぇ、と言うと、 「いいの、大丈夫」 と笑った。 始めてあった時と同じさびしげな表情だった。 護衛を始めて2ヶ月ほど経ったとき、 使用人が話しているのを聞いた。 「真選組の、沖田さんって方?大丈夫かしら…」 「ねぇー、お嬢様の護衛って… いくらなんでも可哀相だわ」 「大体お嬢様は護衛なんていらないでしょう?」 「ホントよ。自分の身なんて護れるくせに」 それがどういうコトか、なんとなく分かってしまったが、 気にしないことにした。 俺には、泣きそうな顔で月を見上げてるやつが、 悪いやつには到底思えなかった。 3ヶ月経った。 部屋から、泣き声がした。 部屋は姫の部屋だった。 気になったから少しだけドアを開けて覗いてみた。 人のことがこんなに気になるなんて、俺らしくない。 つかこれ、覗きじゃね?と思いつつも、 他に方法が思いつかなかったから仕方ない。 「総悟さん…?」 俺のほうからは背中しか見えないのだから、 何で俺だって分かったのか、と思ったが、 あぁそうか、これがその"能力"ってやつか、と少し納得した。 「すみません、お見苦しいところをお見せしてしまって。 もう少しだけ…1人にしてもらってもいいですか?」 今まで、人前で作り笑いしかしてこなかった姫が、目の前で泣いてるんだ。 人前じゃないからといえ、本当に笑っていると思えることすらなかったのに。 泣いているヤツを、ほっとけるか。 「嫌でィ」 俺はな、姫。 他人のことなんてどうでもよくて、 仕事だってよくサボるし、ダメな奴だ。 基本ニートの旦那だって、自分の信念ってやつをちゃんと持ってて、 それなのに、俺は、 「お前だけでさァ」 こんなに人が気になるのは。 こんなにほっとけないと思うのは。 「総悟さん… 私の"能力"のことは、聞いていますか?」 その問いに首をふると、姫は続けた。 「"視える"んです。 それは単純に背後とか、扉の向こうとか、そういうことだけじゃなくて、 人の死期だとか、未来とか、トラウマとか。 ほとんどのことが私には"視える"んです」 その言葉を聞いて、少しだけ分かった。 姫が作り笑いを続ける意味と、 使用人が姫を毛嫌いする理由が。 「私は、嫌われ者です。 昔一度だけ、視てしまった人の過去を、 間違えて喋ってしまったことがあるんです。 あたかも、本人に聞いたかのように。 もちろんその人は私に話してなんかいないし、 大事な秘密だったらしくって。 それ以来、みんな私には近づかなくなりました。 いつ私に、視られてしまうか分からないんですからね。 私にも、いつ、何が"視える"か分からないんです。 怖いものを視たこともあるし、 嫌なものを視たこともあります。 それでも、私より視られた人のほうが嫌な気分に決まっていますから、 仕方のないことです」 「それで、俺のことは、何か"視た"んですかィ?」 俺の質問に、姫は一度動きをとめた。 「それが、視えなかったんです。 こんなに長期間近くにいて、視えなかった例はまだありません。 だからきっと、たまたま視えないのではなく、 私には、視ることができないのだと思います。」 「お前はなんでそんな強がってばっかりなんでィ」 「強がってなんてないですよ。 弱い人です。 弱くて、弱くて、弱くて、自分が嫌になる」 また、あの寂しげな笑顔だった。 「笑いたくないときは笑わなくていいんでさァ」 俺なんか仕事したくないときは仕事もしないくらいだ。 こんな小さな少女が、無理をしなきゃいけないなんて、 そんなことがあるわけない。 「無理はすんじゃねェ」 俺が護ってやる、とは言えなかった。 それが俺の仕事のはずなのに。 4ヶ月たった。 俺の前では結構素の表情を見せるようになったと思う。 でもやっぱり使用人はよそよそしくて、 姫を避けるように仕事をしていた。 「ねぇ総悟さん」 俺が姫の部屋の前で警護をしていたとき、 姫が俺の名前を呼んだ。 「私、とうとう視てしまったんです」 それがなんのことだかはすぐに分かった。 「嫌な思いをさせてしまったらごめんなさい。 ただ、とても、とても素敵なお姉さんですね」 姫が視たのは、姉、ミツバのことだったらしい。 「そうだろィ?俺の自慢の姉上でさァ」 「正直、羨ましかったんです。 今は総悟さんにも身寄りがいないことは分かりました。 それでも、真選組では1人ではないんでしょう? 私は、この屋敷でたった1人です。 誰も、私を見てくれません。 人のことはこんなに視えるのに、 どうして人の目には映らないんでしょうね」 やっぱり姫は悲しく笑った。 5ヶ月目になった。 姫が俺の過去を見てしまってから、 あいつは俺の傍によくいるようになった。 お前には俺がいるだろう、と言ってから、 なんだか余計に懐かれた気がする。 別に悪い気はしない。 「総悟さん、総悟さん、 ここが分からないのですが、」 屋敷から一歩も出ない姫が、 なぜか勉強を始めた。 始めたばっかりなのに素質がいいのか、 姫が勉強している内容は、もう俺には分からない。 「俺に聞くな」 じゃあ誰に聞けばいいんですか、と しょぼくれた声で言われてしまったから、 しょうがないと手元のノートを覗き込む。 が、さっぱり分からなかった。 「分かんねぇから諦めろ」 「はーい…」 6ヶ月目。 1年間という仕事だったので、 やっと折り返し地点か…と少し虚しくなりながらも、 姫がいるここは少し居心地が良かった。 少なくとも土方コノヤローといるよりはずっと良い。 「総悟さん、総悟さん」 すっかり懐いてしまった姫は、 俺の横を歩く。 「良くない予感がします」 「視えたんですかィ?」 「ううん…ただね、良くない予感がするの」 結果としてその予感は当たることになるのだが、 「まぁなんにしろ俺が護ってやるから安心しろィ」 「総悟さんって強いんですか?」 「当たり前だろィ。俺は無敵なんだぜ」 そうなんですか、と笑う姫は、 半年前と本当に同じヤツなのかと疑うほど柔らかくなっていた。 それと同時に、なんか俺が護ってやんなきゃなんねぇって思った。 まぁ、それは俺の仕事だから当たり前だけど。 俺は、約束を守れなかった。 護ってやるからと言った言葉は本心だった。 仕事だからとかじゃなく本当に護ってやりたかった。 それは、俺にはできなかった。 「総悟さん!門の方に春雨らしき人たちが! 今度ははっきり視えたので間違いないです!」 姫が俺のところに走ってきて、 大声に早口でそう告げた。 使用人たちは身を寄せ合って、 お嬢様のせいだわ、と口々に言い合っていた。 「逃げるぞ!」 俺はどうしても、コイツを護らなければいけない。 たとえそれが、俺の嫌う逃げであっても、 とりあえずコイツを… 「へぇ、逃げるんだ?」 誰かの声がして振り返ると、 そこには長い三つ編を垂らした男がいた。 「殺しちゃうゾ」 男は笑ってそういうと、 俺に向かってあのチャイナと同じ傘を突き出した。 仕方ないから刀を抜いて弾こうとしたが、 相手の力は予想以上に強くてなかなか突き飛ばせない。 うすうす分かっちゃいたが、 「お前ェ、夜兎か」 「ん、知らなかった?神楽がお世話になってるって聞いてたんだけど」 「あんなクソチャイナ知らねェよ」 コイツはヤバイ、と直感で悟った。 普通の地球人の俺が、夜兎に力で叶うはずもなく、 いとも簡単に吹っ飛ばされる。 「そんなもん?面白くないよ」 そういって不適に笑うと、 俺に傘を向ける。 「やめ…って!」 姫の叫んだ声が聞こえる。 目の前に、小さな背中が映った。 「姫っ!」 あんな小さな体が、 まさかアイツの攻撃に耐えられるなんてことはなく、 壁にぶつかるまで大きく吹っ飛ばされた。 「団長、そろそろやめとけ。 アレが死んじまったらさすがの団長でも怒られるぜ」 「つまんないな…じゃぁ、コッチは?」 俺を見ると、声には出さず、 殺しちゃうゾ?と口を動かした。 「よくも、姫を…」 壁にぶち当たって傷だらけだったけど、 そんなのは関係ない。 俺は、決めた。 「俺は、アイツを護るって決めたんでィ。 アイツを傷つけるヤツぁ、何人たりとも許さねぇぜ」 「阿伏兎は手、出さないでね?」 流石は夜兎。 もう俺にはほとんど体力は残ってなくて、 そろそろケリをつけないと、 「まだやるの? 俺には、勝てないヨ?」 勝ち負けじゃねぇ。 俺は約束したんでィ。 「仕事の途中放棄は御法度でさァ」 サボりまくってる俺がよくいう、 と自分でも思うけれど、 それとこれは話が別。 「…面白くないからもうやめるよ。 阿伏兎、行こう」 「なっ…?」 「俺は、 弱いやつには興味ない」 酷く滑稽な話だ。 勝てる気がしなかった。 「姫!」 アイツらが去っていって、 取り残された俺と姫。 体をゆすると目を覚まし、微笑んだ。 「総悟、さん、 私、視えました。 総悟さんは、幸せに、なります」 何言ってるんでィ、 俺にとっては、ここに姫といた6ヶ月間がとっても楽しくて、 まるでそれをなかったかのようにされたことが、とてもつらい。 しばらくして救急車に運ばれていく姫を見送って、 通告された。 「今まで、ご苦労だった」 終わったのか。 護衛のはずが、姫を護るなんてできなくて、 そのくせ給料だけはもらって、 真選組に帰れっていうのか。 酷い虚無感に襲われた。 強いと思っていたのに、 俺は意外と、弱かった。 昼下がりの公園。 今日もまた仕事をサボって昼寝に勤しむ。 つけていないと眠れないほどになったアイマスクをして、 寝転がった。 「総悟さん、」 ふいに頭上から声がする。 その声がどこかで聞いたことのあるような、 心が落ち着くような、そんな声だった。 「姫…?」 咄嗟に口から出たのは、もう逢うこともないと思っていた少女の名前。 「総悟さん、お久し振りです」 俺が呆然として何も言えないでいると姫は続けた。 「総悟さん、私、何も視えなくなったんです。 普通の女の子になれたんです。 だから私、やっと、」 "総悟さんの隣にいること、許されますか…?" 酷く歪めた泣きそうな顔でそう言った。 「私はただの護衛対象で、欲しくもない力を持っていて。 ただのやっかいな物だったのに護らなくちゃいけなくて。 でも、私はもう護らなきゃいけないものを持ってないから。 だから、総悟さんの隣に立てますか?」 隣に立てないのは自分の方だと思っていた。 俺のことを身を挺して護ってくれた姫のことを、 俺は1ミリも護ることなどできなくて。 だから俺は、もう姫にあわせる顔などないと思っていた。 でも、俺は、まだ姫の隣にいたいと、思うんだ。 「姫が最後に言ったの、間違いでさァ。 俺は、幸せなんかじゃねェ。 確かに前の生活には戻れたけど、前よりよっぽど空っぽでィ。 お前ェがいないと、だめでさァ…」 今、俺は、泣きそうな顔をしているんだろう。 今までずっと考えないようにしてきたことだから、余計安堵感があふれる。 「総悟さん、私、総悟さんに出会えてよかったです」 最後の方は涙に紛れて聞こえなかった。 それでも、嬉しそうに歪めた顔が全てを物語っていて、 「俺もでィ」 それだけで、全てが伝わる気がした。 |