黒猫戯曲 | ナノ


にの








 一日中笑って笑って泣いて笑って笑ってくるしくてかなしくて楽しくて、それからどうしたのか正直なところよく憶えていない。

 ただ憶えているのは、絵を、描いたような気がする。
 パパとママが褒めてくれたんだ。
 リオンは絵が上手ね、て、だからわたしは絵を描くのが大好きで、褒めてほしくて。

 でもおかしいな、今日は誰も褒めてくれなかったの。真赤な絵の具で猫の絵をかいたのに、誰も。

 誰も褒めてくれないのは寂しくてつまらないよ。
 つまらないのは、嫌だよ。

「つまらないのは、いやだよ」



「じゃあ、僕と友達にならないかい?」


 不意に、声が聞こえた。


 幻聴かとも思ったけど、わたしの後ろに立つ誰かは確かに存在している。振り向いて見ると、彼はお伽話に出てくる吸血鬼か死神が具現化したような外見だった。

 自然と笑いが込み上げて来て、口元が引き攣って、ああそっかこれは笑ってるんだ。
 こわい、とか、ぶきみ、とか、そういう感情も入り混じって、笑ってるのはわたし。
 さて問題、今日は何の日だったっけ。



「わたしを迎えに来たの?」


 言えば、彼の口元も歪んだ。
 ぎざぎざの歯が見えて、何だかチェシャ猫みたいだなあとも思った。


 赤い眼球

 通常の人間で言う白目の部分が彼の場合は血のような深紅。
 中心に陣取る白い瞳の中に浮かぶ黒い瞳孔。
 笑みが張り付けられた口元には鋭い犬歯の羅列。
 一昔の貴族が纏うような黒が基調のシックな服装。

 ハロウィンの仮装なんかよりも、ずっと現実味があって、それでいて現実離れした容姿。



 わたしは一瞬、本気で吸血鬼か何かじゃないかと信じかけて。
 でも、先程の彼の言葉があまりにもそれらしくなくて、わたしは続ける言葉を見失っていた。


「あれあれ、どうしたんだい、変な表情して。……ああ、僕の名前はクリストファー・シャルドレードだよ。初めまして僕のお友達候補のお嬢さん」

 そう言って手を差し出す彼――クリストファーは、吸血鬼でも死神でもない代わりに、人間でもないみたいだ。

 でも何故か、根拠はどこにもないけど、わたしと彼は似ていると感じた。
 根拠なんてない、直感でそう思っただけ。
 ということは、わたしも人間じゃないということになってしまう。へんなの。

 わたしは人間のはず、とんだ切欠の所為で少しだけ頭の螺子が外れかかった人間。だって、人間のパパとママから生まれたんだから。
 実際のところはどうなんだろう、生まれた時の記憶なんてあるわけがない。


「わたしはリオン・フォーネロだよ。初めまして、クリストファーさん」

「僕のことはクリスって呼んでよ。それで、自己紹介してくれたってことは僕と友達になってくれるんだね? 嬉しいなあ楽しいなあ、友達百人計画がまた一歩進んだよ」


―――なに、その楽しそうな計画は

 すごく疑問に思ったけど、あえて口に出さないでおいた。それに友達になったのなら、いつかきっと教えてくれるだろう。




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