黒猫戯曲 | ナノ


葡萄酒




1932年 NY 某所



「リオンはどうして殺し屋になったんだ?」

 赤毛の男はまるで今日はいい天気ですねと世間話でもするような調子で問い掛ける。
 これが子供同士であれば悪ふざけの範疇で済ませることもできたが、彼はれっきとした青年であり、表情も至って真面目な真顔だった。

 対してその問いを受けた少女の外見をしている彼女、リオンも、実際に殺し屋業を営んでそれなりに裏では名を馳せているのだから世界というものはわかったものじゃない。ビルの屋上の柵を越えて、常人であれば見下ろせば目眩を起こしそうな高さから足を投げ出していたリオンは彼の赤毛と同じ色の瞳をまじまじと覗き込む。
 常日頃から薄笑みに細められている印象の強い深紅の目には呆れが滲んでいたが、其処で引き下がるような男ではないのを彼女も重々知っているつもりだ。

「何でって……成り行き、とか? それくらいしかなれるものがなかったんだ、生まれが生まれだからねえ」
「あまり詳しく聞いているわけじゃないが、お前の父親はシャーネと同じ人なんだろう。だったらリオンはシャーネと姉妹ってことになって、俺がシャーネと結婚したらお前俺の妹か?」
「どっちかというとおねえさんだよ、柄じゃないけど。………僕をつくったのはヒューイだけど、僕が父親だと思ってた人なら、別にいる」

 ほう、と頷いた男は、顎に手を当てて視線で続きを促した。
 彼の愛する女性、シャーネの父であるヒューイ・ラフォレットが何をしているのか、詳しく知っているわけではないが、リオンとヒューイの関係はシャーネと違うと確信している。
 父親、と口にしたその時から、少女の目はどこか遠くを見ていた。

「死んじゃったけどね。それに、本当は親子でもなかった。でも僕は、あの人を、パパ、って呼んで――」

 そう呼んで、それから。
 そこから先はどこにも見当たらず、リオンはこれ以上言えることはないと頭を振った。

「何か、変な感じだよ。まるで僕の記憶じゃないみたいに靄がかかって、フィルムでも見ているような感覚なんだ。まあ不自然な僕には最初から家族なんていなかったわけで、クレア……あー、フェリックスは、なんでそんなことを聞くのさ」
「嫌なことを思い出させたならすまない、謝る。俺はただ、シャーネの家族のことを知りたくてな、それがリオンだったら尚更だ」

 決して悪意のない様子でクレア改めフェリックスが、やはり真剣な顔でそう言い切る。リオンはそんな彼に毒気を抜かれたのか、くっと笑うと空を仰いだ。
 いつか彼と初めて出会ったサーカスの夜を思い出していた、フェリックス曰く、もうクレアは死んだらしいのでその名を呼ぶことを止められている。
先刻のようについ口をつくことはあれ、順応力が高いリオンはそれなりに慣れつつあった。

「じゃあ今度は僕から質問。シャーネのどこを好きになったの?」
「全部だ」
「そりゃすごい、クレアらしいね……っと、失礼」

 早速口を滑らせたリオンが口を噤んで肩を竦める。
 質問に即答してみせた当の本人は特に気にする様子も無く、また顎に手を当てて何かを考えているようだった。


「俺は正直シャーネと結婚を考えている」
「うん、式には呼んでね」
「当然だ。それでなリオン、俺とシャーネが結婚したら、お前俺たちの子供にならないか?」
「は」

 思わず間の抜けた声が出るリオンだが、致し方のないことだろう。
 何を馬鹿なことを言っているんだこの男は、口には出さずとも目でそう言いながらクレアの顔をまじまじと眺めるものの、冗談だ、という切り返しは一向に無く、逆に「良い考えだろう」と同意を求めて来る始末だ。

「い、や、キミ頭大丈夫? 僕に言われるって相当だけど大丈夫? 僕は大丈夫じゃないよだってどうせヒューイのことだから僕の戸籍なんて後方も無く消え去ってるだろうしそもそも最初っからリオン・フォーネロなんてこの世界にはいないようなものなんだから養子縁組だって出来るわけないじゃない」

 リオンの返答も相当混乱しているようで、色々と突っ込み処がおかしい。
 だがそんな些細なことを気にするようなクレアではなく、とは言ってもクレアにとってこの世界の出来事のほとんどが些細なことなのだが、とにかくクレアはリオンの反論のようなものを全て受け入れた上で、うんうんと何度か頷いてやる程の余裕を見せた。

「戸籍云々は俺みたいにどうとでもできるからいいとして、まぁ、何と言えばいいのか分からないが、俺はシャーネが好きだ。知っているよな。そして俺が思うにリオン、お前もシャーネを好きだろう。もちろん俺の方がシャーネを愛しているが」
「キミがシャーネを好きなのを知っているし僕も彼女を好きだけど、そこで張り合うつもりはないから安心してね」
「そりゃよかった。で、だ。ここから先はきっとお前は知らないと思うんだが、いいか。よく聞けよ。俺はリオンのことも、意外と好きなんだ」
「へ、へぇ。驚いたなあ、結構驚いた、うわあクリスに笑われそう。それをシャーネに向けるような好意と取り違えるほど僕は頭悪くないけど、それで?」
「あの赤眼のことは置いといてだ。リオンの言うとおり、お前に向ける気持ちはシャーネへの愛とはまた違った感情さ、これは本当にな。お前が信じなくても俺はそうだと信じているから万事OKだ、そうだろ。だから、家族になりたい。俺の現家族はガンドールの三兄弟とフィーロ、あいつらと血の繋がりは無いが確かに家族だ。そして将来的にシャーネとは夫婦になる、だがリオンとは切欠がなければ家族になれそうもない……ならば俺がその切欠を作る他方法はないんだ、分かってくれるな」

 真剣に語るクレアの声を半分頃から聞き流していたリオンが額に手を当てる。そして上体を前に傾けていく。
 彼女はビルの縁に座っているのだ。
 そこからバランスを崩していくと当然、重力に従い、ビルから落ちて行くこととなる
リオンは人造人間で不老だ、しかし不死ではない。落下して赤い花を咲かせても、不死者のように再生できるわけではない。リオンの身体が逆様になって、落ちて行く、が、内臓が浮くような浮遊感は一瞬で終わった。

「分からないなら、分からせるまでだがどうか」

 華奢な足首を掴んでクレアがそう言う。
 細身とは言え人一人の身体を完全に腕一本で支えるという普通ではありえない態勢のまま、、彼は逆さになったリオンの赤い瞳と暫く見詰めあっていた。沈黙は数分続いた、或いは数秒だったのかもしれないが。

 リオンは逆さのまま何度か口を開きかけて、言葉を選んでいる様子だった。
 やがてその唇から零れ落ちたのは、存外短いものだ。

「そんなことになったら、不自然でも幸せになれるかもね」

「不自然だろうが構うもんか、シャーネの家族は俺の家族だ。幸せにしてやるさ」

 それはきっと、互いに本心だったに違いない。


(幸せ家族計画)
121214.



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -