黒猫戯曲 | ナノ


虹犬








「お前、何だ?」


青年はそう言って銃を突き付ける
「島」の端に当たるその場所で、海を背にしているのは
闇に溶け入るような黒いコートを纏う、子供

子供は、動じることなく、笑う
笑って、笑って、腹を抱えて、青年を涙目で見返した

両手のどちらにも武器は、ない



「誰、じゃなくて何、って聞き方に君の勘の良さを感じるね」

「褒められるのは嬉しいが、質問の答えになってないぜ」


銃を下ろさぬままに青年は口の端を吊り上げる
決して相手に釣られて笑んだわけではなく、青年自身の楽しさによるものだ
五歩ほどしか間を開けない距離で、銃口を目の当たりにしても
子供は笑みを絶やさず、まだ咽喉をくつくつと鳴らしてそれを抑えるのに精いっぱいといった様子だった



「とりあえずあんた、よくわかんねぇけど俺とは違うよな」

「ああ、何か人種とか違うよね、きっと」

「そりゃ正論」


ぺちり、青年は自らの額を叩く
それは彼が一本取られた時によくする仕草だったのだが
そんなことを知らない子供はにたりと笑ったままゆらゆらと体を揺らしている



「つーか、日本語の発音上手いな。どう見ても外人だろ」

「そりゃあ長く生きていればね。友達に教えてもらったんだ、日本語」


その言葉に青年は訝しげに眉を潜めた
目の前にいる子供はどう見ても自分より十近く年下で
十余年を長く生きたと言い表すには、無理があるだろう
だが、青年の感じた『違い』が、彼の知りえぬ現象や存在に関わるとするのなら

あり得ない、などということは、決してあり得ない


「もっかい聞くけどよ、お前、何だ?何で銃向けられてるのに怖気づかない?」


もしかして撃たれても知らない体なのか、と青年がおどけて言って見せると
子供はぱちぱちと瞬いて、一間置いてから再びけらけらと笑いだした
何が可笑しいんだ、と問いかけるよりも前に、子供は首を横に振って青年の言葉を否定した


「流石に撃たれたら死んじゃうよ。僕はね」


僕は、という音節を暗に強調したように聞こえた台詞
青年は今までに見たことも聞いたことも無い存在を相手にしているような気がして
怖気のような、歓喜のような、どちらともつかない感情を抱く



「それにしても君こそ何って感じだよ。僕、百年近く生きてきたけどそんな頭してる人初めて見た!」



そんな頭、というのは青年の七色に染まった髪を指すのだろう
どこにいてもよく目立ちそうな髪を揶揄されたのか、もっと別の意が込められていたのか
測りかねる虹頭の青年は、警戒を緩めぬままに口を開く



「………、かっこいいっしょ」


「うん、すごくかっこいい」



屈託なく笑ってみせる子供の言葉の一つ一つに、引っかかる青年
聞き間違いでなければ、十代半ばに見える子供は今、百年近く生きていると言っただろうか
不断であればただの冗談として聞き流すかあしらうかする青年だが
どうしてか、そこにいる子供は、嘘をついていないように思えた





「ここに、面白い島があるって聞いて遊びに来てみたんだけど」




次に子供が口を開いたのは、青年のすぐ目の前
零距離と称してもおかしくない距離で、青年は経験上反射的に、構えた銃の引き金を引く



「君みたいな人に逢えたんだ、あながち無駄足じゃあなかったみたいだね」



ぱん、という甲高い発砲音に続いて
ジュウ、と何かが焼けるような嫌な音が耳に届いた

子供は倒れない、何故なら銃弾が当たっていないから
その代り、とでも言うかのように、子供は銃身をその手で掴んでいて
手のひらは当然熱伝導により赤黒く焼け爛れ、嫌な匂いと少量の煙を立ち昇らせている

赤と青の双眸を丸く見開いた青年ははっとして銃を引き離そうとする
力任せに引かれたそれは、べりっと音を立てて子供の皮膚ごと剥がされた
火傷と、その皮膚を剥がされた痛みは相当のものであるはずなのに
子供はやはりへらへらと笑ったまま、どこか飄々とした態度を崩さない



「は……、マジで何なんだよ、お前」

「僕は、リオン。ただのしがない殺し屋さんさ」



一瞬だけ皮肉っぽい笑みを零した子供はリオンと名乗り、恭しく一礼した
流石に銃を下ろした青年は肩を竦め、がしがしと虹色の頭を掻いて溜息を吐く



「俺は戌井隼人。…悔しいけどあんたに負けた気分」

「はは、何か知らないけどイヌイに勝った気分………あ、日本ってファーストネームが後に来るんだっけ」


ならハヤトって呼んだ方がいいのかな、と零すリオンは
表面だけは子供らしく振舞っているのだが、仕草の一つ一つがどことなく不自然だ
隼人はあくまで冗談っぽくそれを口に出した、するとリオンは彼に会ってから一番輝かしい笑顔を浮かべる



「だって僕は、どこまでいっても不自然な存在だからね」



楽しそうに愉しそうに悲しそうに、紡がれた言葉を最後に

リオンは黒いコートを翻し、闇夜に溶け入った


取り残された隼人は呆気にとられ、もう既にリオンが傍にいないことを悟る
暫く黙った後、彼は再びぺちりと額を叩くと


「ハハ……ハハハっ。ヒャハハハハハ!」


何故かその場に仰向けに寝転がり、高らかに笑い声を上げた





高らかに

   高らかに


笑い声はどこまでも、風に乗って






君の心にかからなかった虹






(何だ、殺されるかと思ったけど)
(ただの人間みたいっつーか、さ)
(人間になりたくて、なれなかった奴、って感じだったなァ)


fin.
09.0726.
まさかの戌井。何か思いついたやつ



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