sweet trap | ナノ


sweet trap




「誰ですか?お前は」

「おめーこそだれだよ?」

「お前などに名乗る名前はありません。そこをどきなさい」

「うっせーばーか!どかねーよーだ!! あやしいやつがきたら追っぱらえ、って、おっちゃんにたのまれてるからな!」

 穴蔵の前にいた小汚い子供は何故が舟の櫂を振りかざし、野蛮にも殴りかかろうとしています。

「ジョシー……近頃僕が忙しくてあまり遊びに来てあげられてなかったからって、こんな小生意気で頭の悪そうな輩を侍らせるなんて」

「おっちゃんはおっちゃんだぞ、女子じゃねーよ、ばーか!! 早くどっか行かねーならタコなぐりだ!!」

 むう。
 野蛮人過ぎてお話が通じません……こうなったら近頃、戦闘仕様に改良した僕の愛の駆動国崩しでこんな奴ふっ飛ばしてやりますからね……!!

「僕に無礼を働いたことを地獄で悔いなさい……!!」

「無礼なんか食えねーよーだ!!おめーは、おれさまのこうげきを食らいやがれ!」

 飛び掛かってきた野蛮人に向け、僕が攻撃の照準を合わせたその時……。

「そこのお2人さん、喧嘩はだめですよ!!」

 思いもかけない方向から飛んできた光まとう矢が、僕と野蛮人の真ん中を通り、すぐ側の岩壁に刺さりました。

 矢の飛んできたほうを振り返ると、今度は小娘です。
 確か預言者とかなんとかと持て囃されている瀬戸海の娘……どこから沸いたのでしょう?

「またへんなやつがきた」

「悪いお口、わたしは鶴姫です、変な奴じゃありません! 南に悪霊の気配あり、という怖い預言を受けたので心配になって暗のおじさんに会いに来たんです」

 悪霊の気配……ですか。なるほどそれは道理です。

「今宵はハロウィンです、悪霊が現れるのは当然でしょう」

 僕の言葉に、野蛮人と小娘はきょとんとしていますね。無知な連中です。

 僕は慈悲深い大友ザビー教国の当主ですから、ちゃんと教えてあげますよ。

 ハロウィンは異国の魔除けの祭事。
 以前、珍しい異国の野菜を献上してきた異人が、僕に教えてくれました。

 その珍しい野菜……「かぼちゃ」をくり貫いて顔のついた提灯を作って飾り、くり貫いた中身を使って菓子を作り、皆で食すのだとか。

 それから、魔物の扮装をして家々を回り、「お菓子をくれないなら悪戯しますよ」と言って家主からお菓子を貰うという話を聞きました。

 だから僕はこうして、華麗で耽美な異国の不死の魔物……吸血鬼に扮してジョシーの住処を訪ねてきたというわけです。

 もっともジョシーの穴蔵にお菓子などという気のきいたものがあるわけもないので、必然的に悪戯することになりますね。ふふっ。

「……というわけで僕は忙しいんです!わかったら早くそこをどきなさ」

「よーし、おれさまだってはろうぃんだ!!」

「わたしも可愛い衣装を着てみたいです……!!」

「な」

 親切に説明などしてやったのが間違いでした……まさかこんなに食いついてくるなんて想定外です!

「ちょ、ちょっと待ちなさ」

「わたし可愛らしい魔物さんになりたいです☆ なにがいいでしょう?」

「じゃあ、おれさまはさいきょうだから、さいきょうのマモノになる!!そんでおっちゃんをびびらせてやるぜ……けど、さいきょうのマモノってなんだー??」

「僕を無視して勝手に盛り上がらないで下さい……!」

 なんて人の話を聞かない連中でしょう。お里が知れるというものです。

「お前たちがなんの扮装をしようとどうでもいいです、早く道を空けなさい」

 野蛮人は鼻の下を指でこすりながら、へっ、と下品に笑います。

「おめー、おれさまがさいきょうのマモノになるの手伝いやがれ! そうしたらおれさまがおっちゃんのところに案内してやるよ」

「あ、わたしも是非!バシッとお願いします☆」

「な……」

 なぜこの僕がこんな連中の面倒を見てやらないといけないのですか……!

 ……まったく不本意です……が、これ以上ここで騒いでいると僕が来たことにジョシーが気付いてしまうかもしれません。

 後ろからそっと近付いて、「お菓子をくれないなら、かわりにお前の血と愛とお金を頂きますよ……」と耳元で囁いて驚かせようという僕の完璧な計画が台無しです。

 仕方がありません……ね。

「……わかりました、特別にお前たちに付き合ってやります。とっとと済ませますよ」



  † † †



 やむをえず僕は2人を連れて1度城に戻り、信者たちに扮装に使えそうなものを適当に集めさせて、連中に貸し与えてやりました。

 野蛮な小僧の名前は、武蔵というのだそうです。別に知りたくもなかったですが、勝手に名乗られました。

 ソードマスターの元に身を寄せて剣の修行をしているということですが、時折今日のようにジョシーの仕事を手伝って、その代わりに学問の手解きを受けて、読み書きを習っているのだとか。

 学問など宝の持ち腐れになる気がしますが、「おれさまさいきょうでんせつを書く」とかちょっとよくわからないことを主張しています。
 やっぱりお馬鹿さんなんですね。

 一方の瀬戸海の小娘……鶴姫、とかいうようですが……この娘も月に何度かジョシーの元を訪ねているようです。

 地元の浜で集めた貝や、塩漬けにした魚など、穴蔵では手に入りにくい食べ物を時々裾分けしたりしているとか……ジョシー、食べ物に不自由があるなら僕に土下座して懇願すれば幾らでも用意してあげるというのに……こんな小娘に甘えるなんて。

 聞けばそれだけでなくジョシーの部屋の掃除や洗濯、繕い物をすることもあるとか……「不慣れでよく失敗しちゃうんですけどね、テへ☆」って、テへ☆じゃありませんよ!!

 僕だって掃除くらいなら……たぶん……いや、やったことはないですけど……こ、小娘に出来て僕に出来ないわけはないです!!

「バッチリ準備出来ましたよ☆」

 僕がよくわからない内なる怒りに震えている間に着替えを済ませた小娘が戻ってきました。

 着替えといっても急拵えなので、元の格好に幾つか足しただけでしたが。

「白い化け猫、ですか……」

 頭の上に尖った耳をくっつけて、後ろにはしっぽもつけていますね……本来ハロウィンで扮装するなら黒猫だと思いますが、まあ小娘はこんなものでしょう。

「どうですかにゃん?可愛いですかにゃん??にゃんにゃん☆」

 掌を丸めて猫手を作りながら尋ねる小娘に、僕はフンとそっぽを向きました。

「まあまあですね」

 猫耳巫女なんて……僕はそんな安っぽい萌装備になど心を動かされたりしないんです。

 ……ですがジョシーはどうでしょう? もし耽美な吸血鬼より萌萌な化け猫のほうが好みだったら……って、どうして僕があの男の嗜好についてわざわざ悩まなきゃいけないんです!?

「宗麟さん、怖い顔してどうかしたんですか?わたし何か占いましょうか……にゃん?」

「け……結構です!異教の神の預言など聞きません!あと無理に語尾に『にゃん』とかつけなくていいですから……!!」

 この僕に的確なツッコミを入れさせるとは末恐ろしい娘です……。

「できたー!!見やがれ、おれさまのかんぺきなふんそう!!」

 やれやれそうでした……末恐ろしいのはもう一匹いましたね。

 足りない脳みそでどんな扮装をしたかと声のほうを振り返った僕は思わず「は?」と声を洩らし、小娘は「えーっ!?」と大きな声を上げました。

 紫の上衣に紫の眼帯に、碇のような大きな槍……ってそれは。

「やっぱさいきょうのマモノって言ったら、鬼だろ鬼!!」

「西海の、鬼……ですか?」

「これならぜったいにおっちゃんもびびるぜ!!」

 これに小娘は、うーん……と首を捻りました。

「でも暗のおじさんは、海賊さんのお話すると怖がるというより哀しそうな顔しますよ……?」

「げっ、そーなのか?やべーじゃん……じゃあ、じっちゃんのほうにするかー……」

「わたしも同じ鬼ならそのほうがいいと思います!」

 普通、鬼(ゴブリン)といえばもっとこう……と、説明するだけ時間の無駄ですね。

 そんなことより早くジョシーのところに行かなくては、ハロウィンの夜が終わってしまいます。

 首を洗って待っていなさいジョシー……僕がガブッと噛みついてやりますから……!



  † † †



 予定と随分変わってしまいましたが、萌の押し売り猫耳巫女と、なぜか巨大な熱々おでんと徳利を両手抱えた自称最強の魔物を引き連れ、僕はジョシーの穴蔵に帰ってきました。駆動国崩しを下り、ここからは歩いて進入です。

 ようやくジョシーを脅かして、存分に悪戯できる時がやってきましたよ!

 ところが坑道はいつになく静まり返り、僕を見掛けると「ボウズよく来たな」と声を掛けてくるジョシーの部下たちも誰も見掛けません。

「こそこそ隠れながら移動する手間は省けましたが……これは一体」

「……なんで誰もいねーんだ?」

「シーンとしちゃってますね、皆さんお留守なんでしょうか……」

 あまりにも静かなので3人の声がよく反響して、尚更不気味です。

 ……今夜はハロウィン……まさか、悪霊や魔物の仕業……いや、そんな筈が……。

 ありえないと思いながらも心臓の鼓動が早くなります。

 他2人も同じようなことを考えたのか、思わず全員で顔を見合わせてしまいました。

「ど、どーすんだ?先に進むのか?」

「ちょっと怖いですけど……暗のおじさんに何かあったらわたし困ります」

「……ジョシー……大丈夫です、きっとザビー様が僕に力を貸してくれる筈……」

 誰からともなく身を寄せるようにして3人団子のようにくっついて、僕たちは穴蔵を進みました。

 そして、ついにジョシーの部屋の前に着いたのです。

 簡単な衝立で仕切っただけの粗末な部屋からはうっすら灯りが漏れています。

 灯りがついている……ということは中に人がいる。

 また3人顔を合わせてほっと胸を撫で下ろし、気を取り直して予定通りジョシーを驚かせるべく、忍び足で衝立の脇から部屋に身をすべらせました。

 その瞬間。

「ひっ……!!」

「げぇっ!??」

「きゃあ……!」


 薄闇に無数浮かぶ橙色の不気味な顔がこちらを見て笑っている……!?

 思わず全員悲鳴を上げ、ひしっと互いに抱きついていました。

 と。

「ははは……こいつは愉快だ」

 よく知った声にはっと我に返り、声のほうに首だけ振り返った僕は思わず目を丸くしました。

 壁中に飾られ、火を灯されたかぼちゃの提灯。

 その真ん中に立ったジョシーがニヤニヤと意地悪く笑っています。

「来たな、生意気なガキども」

 予想外の展開に呆然とする僕たちを見渡し、ジョシーは更に言葉を続けました。

「ハロウィンのことは前に立花から聞いてたからな……どうせ宗麟が小生に悪戯をしに来るだろうと思って、先手を打っておいたのさ。まさか武蔵や女巫と友達だったとは知らなかったがね」

「と……友達?別に僕は」

 否定しようとして、抱き合ったままだったことを思い出し、慌てて飛び退きました。

「今のは目の錯覚です……!!」

「もう、ひどいですよ、暗のおじさん……心配したのに」

「べつにこんな罠でおれさまは、び、びびってねーぞ!ばーか!」

 めいめい勝手に騒ぐ僕らに、ジョシーは肩を竦めて、

「……随分とここも、賑やかになったもんだな」

 と呟きました。

 その瞬間、前髪の隙間からちらりと見えた優しげな目にちょっとドキッとしたなんて……誰にも内緒です……。


 こうしてジョシーを脅かしそびれ、ぬかりなく用意されていたかぼちゃの焼き菓子のせいで悪戯もし損ねました。

 ま、キャッキャはしゃいでいるお馬鹿なお子様2人と、不器用な手付きで菓子を3つに切り分けるジョシーを眺めていたら、たまにはこんなのも悪くないかとは思いましたけど……ね。


 ――でも。


 来年こそはきっと独り占めしますよ……その菓子も、お前のことも……。






《終》




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