折れない牙 | ナノ


折れない牙




 男は不敵に笑んだ。

「小生を軍師として召し抱える気はないか?」

「軍師なら十二分に間に合っている」

 あっさりと突き放しても、まるで臆することはなく、

「竹中半兵衛か? 確かに切れる男のようだが、小生に比べりゃまだまだってもんさ」

 どういう根拠に依るのかわからない自信に満ちた態度で更に身を乗り出して来る。

 実に変わった男だ――と秀吉は思った。

 織田が滅んだ今、最も天下に近付いている覇道の王と対面で向かい合いながら、これほど余裕を崩さない者はなかなかいない。

 両の目は御簾のような長い前髪に隠され、男の雰囲気をより得体の知れないものにしていた。

 半兵衛がさも楽しげな口調で「面白そうな男を見つけて来たけど、会ってみないかい?」とわざわざ促して来たのも頷ける。

「なあ、秀吉」

 遠慮も何もなく不躾に名を呼び、

「お前さんだって、多少なりと小生に興味があったから、こうして城に招いたんだろう? ひとつ前向きに考えてみちゃくれんかね」

 ふてぶてしく自分を売り込んで来る。

 余程の馬鹿なのか、あるいは本当に大物なのか――興味があるのだろう、と言われれば確かに無くはない。

「――よかろう。お前を我が軍に迎え入れるとする」

 そう静かに告げると、男は「当然だ」とでも言わんばかりにまたニヤリと笑った。

「よーし、いい判断だ。小生がお前さんに天下を取らせてやる」

 どこまでも不遜な物言いに半ば呆れつつも、秀吉は半兵衛が先刻口にしていた言葉を思い返していた。


――秀吉、もし彼を……黒田官兵衛という男を引き入れるなら、最初にちゃんと躾けてあげたほうがいい。

無闇に、飼い主の手を噛まないようにね……。


「躾、か……」

 小さく呟いた言葉に反応し、「ん?なんだって?」と聞き返して来る目の前の男――黒田官兵衛に、秀吉は徐に手を伸ばした。



***



「っ……な……何の冗談だこれは……!?」

「我は冗談を好まぬ」

 冗談でないとするなら一体これはどういうことなのか?

 圧倒的な力に組み伏せられ、半ば引きちぎるようにして着ている物を剥ぎ取られ、剥ぎ取った布で手を縛られて。

 自由を奪われ、あますところなく裸身を晒し、畳を背にした状態で官兵衛は狼狽えながらも気丈に吠えた。

「しょ、小生は軍師として仕官したんだ!お前さんの色小姓になるなんて言った覚えはないぞ!?」

 相手がそんじょそこらの不逞の輩なら吠えるだけでなく必死に抵抗して、殴り倒してでも逃げるところだが、官兵衛に狼藉を働いているのは、あの「豊臣秀吉」だ。

 長身で筋肉質な官兵衛の更に倍も体格のいい男というだけで脅威だが、素手で鋼鉄も砕くような恐ろしい武人なのだ、その気になれば官兵衛の頭など片手でぐしゃりと捻り潰すだろう。滅多な手向かいは出来ない。

 秀吉は官兵衛を見下ろし、極めて真面目な顔で告げた。

「我も色小姓など求めてはおらぬが……我が友の忠告には従わねばならぬ。お前をここで躾け――“女”にする」

「っ……」

 言い放たれた言葉に全身が総毛立つ。

「……よせ……やめてくれ……」

 元より官兵衛に衆道の趣味はない。

 ましてや男に組み敷かれて犯されるなど考えただけで血の気が引く。

 怯えてカタカタと震える官兵衛に、秀吉は僅かに口角を吊り上げた。

「先ほどまでの威勢はどうしたのだ。我の見込み違いか?」

「……こんな状況で余裕ぶっていられる奴がいるか……ッ!」

「半兵衛ならばこの程度では動じぬわ――やはりお前はあの男には遠く及ばぬ」

「なん、だと……」

 あからさまに格下と侮られたことに、組み敷かれていること以上に自尊心を傷つけられ、官兵衛は思わず奥歯を噛んだ。

 それと同時に、もしや秀吉は黒田官兵衛という人間の器を量る為にこのような無体を強いているのではないか――という考えに思い至る。

 そんな無茶な話があるか、とも思うが、それが最も辻褄が合う気もした。

 ――では、仮にそうだったとしてどうするのか?

 しばしの葛藤を経て、官兵衛は腹を括った。

 いつか天下を掴むためには、今豊臣の傘下に降るのが一番の近道だ。それは間違いない。

 ――ならば、これしきのこと……。


「――いいだろう、お前さんの好きにさせてやる……」

 深く息を吐き出すと、官兵衛は秀吉を前髪ごしに睨みながら、自ら誘うように両脚をゆっくり広げていった。

 逃げ出したいほどの羞恥を堪えての行為だったが、秀吉の要求は更に斜め上をいく。

「我に奉仕し、満足させてみせるがいい」

「な……」

「出来ぬのか? 我の期待に応えられぬか?」

 太い指が官兵衛の顎を掴み、軽く上向かせる。

 もう一方の手が、官兵衛を拘束していた布をほどいた。

 衣擦れの音に焦燥を覚える。

 戒められたまま身体を蹂躙されていたほうがいくらもマシだっただろうに。

「どうなのだ?――官兵衛よ」

 秀吉の声音から、明らかに官兵衛の反応を楽しんでいるような気配を感じ、思わず舌打ちをした。

「……くそったれ……」

 口汚く呟きながら、官兵衛はそろりと手を伸ばし、顎に添えられていた秀吉の手に重ねた。

「――無作法は許せよ、こっちは初めてなんでな……善くなくても苦情は一切受け付けんぞ」

 秀吉の手を取り、その指先に唇を当てる。

 最早、開き直りの境地だ。

 こうなればせいぜい秀吉を楽しませ、期待に応えて見せるしかない。

 官兵衛は、気を失いたいほどの恥ずかしさに耐えて身体を起こし、自ら秀吉の太い首に腕を回し、きつく目を閉じながら口付けた。

 何が悲しくて素っ裸でムサい男に抱きついて口吸いしなくてはならないのかと思うが、素っ裸のムサい男に抱き付かれて口を吸われている秀吉のほうはどんな気持ちなのか。

 止せばいいのに気になって唇を重ねたままで、薄目を開けてしまった。

 結果、しっかりと目を見開き、まるで珍しい生き物を観察するように官兵衛の顔を凝視していた秀吉と近距離で視線がぶつかる羽目になった。

「……っ」

 羞恥心が一気に膨れ上がり、思わず顔を離し、目を伏せた。


「――これで終いか?」

 頭上から降る淡々とした言葉にぐっと歯を食いしばり、秀吉の衣に手を掛ける。


「――これから、だよ……っ」


 秀吉の丸太のような太い脚を股ぐ格好で、男の着物を脱がせるという何の面白みもない作業を、ひたすら無心になろうとすることでこなす。

 脱がせた先のことを考えると手が止まってしまうのが目に見えていたため極力考えずにいたのだ。

 だが。

 流石に考えずにはいられなかった。

 秀吉の「異形」と呼んでも差し支えなさそうなまでの雄の象徴を目の当たりにした瞬間には。

 まだ萎えている状態にも関わらず、股間からもう一本腕が生えているのではないかと錯覚するほどに、寸尺も太さも並大抵ではない。

 官兵衛も自分の持ち物にはそれなりに自信があったのだが、目の前のこれと比べればまるで大人と子どものようだ。

 こんなものを体のどの穴から受け入れろというのか。

 流血どころかこのまま体が真っ二つに裂かれてしまいそうだ。


 すっかり青ざめながら、しかし官兵衛はそれでも「負け」だけは認められず、可能な限りの奉仕を試みる。


「ん……」

 秀吉のものに手を添え、顔を寄せる。

 自分以外の雄に触れることすら経験はないが、同じ雄には違いないのだから、どうすれば善くなるかはわかる。

 手で根本から棹を擦りながら、拳のような先端を舌で舐める。

 どうにかこれで果ててもらえないか、と願いながら一心に手を上下させ、角度を変え、刺激のし方に変化を付けながら唾液を塗り付けるように舐め回す。

 努力の甲斐あって、秀吉の雄は段々と反応し、固さを増していき、先端をつつく度、唾液以外の滑り気を舌先に感じるようになっていった。

 だが視線を上げてみれば相変わらず、秀吉は官兵衛の様子をまるで値踏みするようにしげしげと見つめながら、余裕げにしている。

 次はどうしてくれるのだ? ――とでも言いたそうに。

 官兵衛は奉仕を続けながら脳みそを全速力で回転させていた。

 上の口でくわえることすらままならいような巨根を異物を受け入れたことのない場所でくわえるなどおよそ不可能だ。

 ではどうすればいいのか――。



   *  *  *



「――降参、するか?」

 助け船とも言える秀吉の問いに、官兵衛は、

「――嫌だね」

 と即答した。

「小生がお前さんを参らせてやるのさ」

 青ざめた顔をしながらも威勢だけは挫かれない。

 黒田官兵衛という男が大分理解出来てきたように思われ、秀吉は小さく笑んだ。

 不屈にして後退を知らぬ強さ――確かにそれは豊臣の、いや日ノ本の目指すべき理想と重なるやもしれない。

 官兵衛はしばらく考えていた後、顔を上げ、身体を起こすと、自身の唾液にまみれた秀吉のものに跨がるような姿勢をとった。

 そして、自らの尻たぶを開くようにして拳のような秀吉の亀頭をそこに挟み、会陰に棹を密着させ、官兵衛自身の棒が根元と摺り合うようにすると、秀吉の胸に手をつき、そのまま腰を前後に揺すり始めた。

「っ……」

 眉間に皺を寄せながら、股ぐらでしっかりと秀吉のものを圧迫し、しごいてイかせようと試みているらしい。

 唾液でぬるつくそれが滑って抜けそうになるのを必死に捕えようと奮闘しながら、必死になって慣れない行為に励む姿。

 それに確かな興奮を覚えた秀吉は、

「――善いぞ、官兵衛」

 そう囁き、汗にまみれた官兵衛の背を撫でた。それに、

「……秀、吉」

 どこか安堵したような顔を見せた官兵衛だったが、すぐにギョッとしたように体をすくませた。

「お前さ……ッ……まだデカくなって……ッ」

 秀吉は堪えきれずに声を立てて笑うと、おもむろに両側から官兵衛の腰をしっかりと掴んだ。

「少しはお前も愉しむがよいわ」

 そのまま官兵衛の体を、自分で動くよりずっと大きく、激しく前後に揺さぶってやる。

「なッ……あ……ッ!」

 秀吉のものに、前から後ろまで、全てを擦られ、官兵衛は上ずった悲鳴を漏らした。

 陰茎は前に引き寄せられる度に官兵衛自身の体と秀吉の体とに挟まれ、後ろに引かれれば秀吉のものと擦れ合う。

「う……ぁ……ぁあ……」

 なすすべもなく翻弄されながら、夢中ですがりついてくる官兵衛を、容赦なく限界まで追い詰める。

「ぅあ……もう……ッ……ぁ……!!」

 秀吉よりも先に絶頂を迎え、射精感に震える官兵衛を腰を掴んだまま畳に倒して転がし、最初にそうしたのと同じ体勢にした。

 官兵衛は射精の余韻を残す、気だるげな目で秀吉を見上げていた。

 秀吉は自身の雄を扱き、官兵衛の体に浴びせるようにして吐精した。

 びちゃびちゃと体を汚す熱い飛沫に、官兵衛はビクビクと身体を震わせ、汚濁まみれにも関わらず、恍惚とも取れるような満たされた笑みを浮かべた。

「……満足、したのか……?」

「いや、まだこの程度ではな……」

「――なら付き合ってやる……お前さんが、満足するまで、ずっと……」

 官兵衛は胸に散っていた秀吉の精を指で掬い、それを口に含みながら睨み、挑発的に言い放つ。

 この犬は、どこまで躾けても牙を失いそうもない。

 いつかこの手に噛み付く日が来くるのだろう。

 とんだ駄犬を拾ったものだ――と思いながらも、奇妙な愉悦が込み上げてきた。

 ――半兵衛がどう言うかはわからぬが、これはこのまま連れてゆくとしよう。

 そうたった今、決めたのだ。

「――共に征こうぞ、官兵衛」

 差し伸べた手を、そろりと伸ばした右手で掴み、官兵衛は微かに笑んだ。

「――ああ、よろしくな」






《終》



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