酷く寝汗をかいたようで、寝返りを打つ気も起きないほどの不快感があった。 ゆっくりと瞼を持ち上げてみれば、まだ夜明け前のようだった。 だが二度目の眠りを享受しようにも完全に眠気が飛んでしまっていた。 流石に床に入るのが早すぎたのかもしれない――などとぼんやり考えながら薄闇の中でそっと嘆息した。 「……天海さま……?」 誰もいないと思っていたところから声がした。 ああ、本当に己はこの人の気配に対して無防備なのだ、といつか気付いたことを改めて実感していた。 実感しながら、しっかりと自分の右手を握り締めているまるまるとした手を見た。 「……また、夜這いにいらっしゃったのですか?」 「そ、そんなんじゃないよ……」 手の主である金吾は、天海の枕元に何故か背中を向けて座っていた。 そういえば、今は素顔を晒していたのだということを思い出す。 この顔を見ないように部屋に入ってからずっと背を向けていたのかと思うと、彼の見かけによらない義理堅さに素直に畏れ入る心持ちだった。 左手で布団を上に引っ張り上げ、鼻まで覆う。 「……もう振り返っても構いませんよ」 そう声を掛けてやると、金吾は漸くのそのそと体の向きを変えた。 「……天海さま、今怖い夢見てたんでしょ?」 心配そうに投げかけてきた問いになんと答えていいのかわからなかった。 これまでと同じように生々しい感触を残した赤い夢。 しかし覚醒した後の余韻は前の二夜とはまるで違うものだった。 空蝉のような現を棄てて、あの夢の中に還りたいとあれほど強く願っていたというのに、今はまるで嵐が去ったかのように心の中が凪いでいる。 その理由が今目の前にいるこの若者だということは恐らく間違いないのだろう。 「……ねえ、どんな夢を見ていたの?」 先の問いに応えなかったことに焦れたものか、重ねて投げられた問いに、少し考えてから床の間にある胡鬼板を左手で示してみせた。 「……私は、あの胡鬼板の裏に描かれていた武者の夢を見ていました」 「織田様に謀反をした人の夢……?」 「ええ、そうです……彼が人を殺める夢を」 金吾の手は怯えたようにびくりと震えた。震えてはいたが、それでもまだ離そうとはしない。 「あのさ、ぼく……姫巫女様に聞いてきたんだ……胡鬼板に悪霊が憑りつくことがあるのかどうか……でも、胡鬼板は魔除けのお守りだから普通は悪いものは憑かないんだって……ただ」 ★戻る★ ★Topへ戻る★ |