やぶへび | ナノ
「えっ、あ……えーっと……」
 明らかに困った顔をしているのを見て、流石に学習し、警戒することを覚えたのかと思ったがそういうわけではなかった。
 もじもじと内股で膝を擦り合わせるようにしながらしばらく言い淀んでいたかと思えば、
「あ、あのさ……今回はさ、ぼくの一人まぐまぐの旅じゃなくて天海さまと一緒の二人まぐまぐの旅がいいなって思ったんだけどっ」
 鼻息荒く身を乗り出してそう訴えてきたのだった。
「……私と、ですか?」
「……うんっ!!」
 更に一歩ぐっと身を乗り出し、興奮と期待に満ちた目でじっと斜め下方から見つめてくる。
 なだめ落ち着かせるようにその両肩に手を置いた。
「以前一人で出かけて怖い目に遭ったから、お供が欲しくなったのですか? 男の子なのに、金吾さんは相変わらず臆病ですね」
「うっ、そ、それもちょっとあるんだけど……それだけじゃなくて……」
 金吾は耳まで顔を赤く染めながらこう続けた。
「ぼくっ、天海さまと二人で美味しいもの食べたり、色んな場所に行ったり、すごく美味しいもの食べたりして、楽しい思い出を作りたいんだ!!」
「……」
 ああ、これは随分と懐かれてしまったものだな、と今更のように思った。
 金吾はおどおどと顔色を窺うようにしながら、だくだくと汗を流して天海の答えを待っている。
まるで初恋の相手に自分の秘めた想いを告げた後のような面持ち―あるいは、それそのものなのかもしれない。
 親愛が容易く肉の欲求に繋がるこの年頃なら、別に不思議でもない。
「……ええ、勿論構いませんよ」
 そう微笑んで答えれば、とびきりの馳走を目の前にした時のような顔で、跳び上がって歓喜した。
「やったあああああッ!!」
比喩ではなく本当に、ぴょんと重い体で蛙のように跳ねたのである。
跳んだはいいが着地のことまでは念頭に入れていなかったらしく、勢い余ってびたんと前のめりに倒れた。
「あ……うう……でも、気を取り直して早速旅の計画を立てなくちゃ! 天海さま、また後でね!」
 興奮で痛覚が麻痺しているのか、泣くこともなく驚きの速さで立ち上がり、転がるように走って行ってしまった。
 そんな危なっかしい背を見送ると、天海はその微笑を不意に打ち消した。
「――楽しい旅にしましょう……恐らくこれが、最後の思い出になるのですから」

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