ピュアー・ホワイト・クリスタル
部活の休憩時間、気が付けばいつもの小さい姿が見えない事に気が付き千石は辺りを見渡した。
努力家の彼が部活に顔を出していないというのは何かの非常事態なのだろうか、ぼんやりと考えながら部長である南に聞いてみるも「知らない」との答えが返ってきた。
亜久津が部活に顔を出さないのはいつものことだが、それに付き合わされているのだろうか。
「ねえ、伴爺。檀くん知らない?」
ベンチに座り、どう見ても日向ぼっこをしている顧問にも聞いてみるが、知っているのか知らないのかハッキリとしない答えが返ってきたために業を煮やした。
部室まで行ってみようかと足を伸ばせば、部室の裏からボールを打つ音が聞こえる。
覗いてみれば、探していた彼が見つかった。
「檀くん、自主練かい、えらいなぁ。」
小動物のような相手をついつい甘やかしてしまうのは自分の癖だが、少し馬鹿にした対応にも見える事にはお互い気付かなかった。
「あっ、千石先輩! お疲れ様です!」
亜久津に貰ったというヘアバンドがずり下がっている。一人でひたすら壁打ちをしていたようだ。
「でも突然どうしたんだい?他の皆は打ち合いしてるけど、君は行かなくて良いの?」
自分が言うと、相手は少し照れたように頬をかいた。
「いえ、…いつもと違うラケットなので…、手に馴染ませようと思って。」
見ると、何処かで見たシルバーのラケットを重たそうに抱えている。ああ、と気が付き頷いた。あれは亜久津のラケットだ。
「亜久津先輩がくれたんです。」
そういう彼の眼は輝いている。皆口にはしないが、そんな彼のひたむきな姿が山吹中のテニス部を和ませているのだ。
亜久津は何故か壇を可愛がっている。
自分や、判爺が言っても素直に聞かない亜久津だが、壇の言葉には嫌々ながらも従っている時がある。
「(壇くんの存在が、亜久津を良い方向に変えたらいいんだけど)」
テニスの腕前はまだまだの彼だが、これからの山吹を率いてくれるには十分の存在だ。
自分は笑って、その場を後にした。
2016/01/01