ノット・スタンダード

























隣を歩く木手が、小さく咳き込んだのが聞こえた。



二人とも十分に温かい格好をしているが、冬の風は容赦なく自分たちの体温を奪っている。
こんな季節に、こんな時間に自分たちは海へと来ていた。

まだ日の出までには半時間ほどあるが、見た所周りには誰も居ない。
潮風の吹き付けるこんな寒い場所での初日の出など、誰も見る気はしないのだろう。



ノット・スタンダード。

それは彼の生き方の指針のようにも思える。
かっこいい、よりも美しく。可愛らしい、よりも壮麗な。
襟元にファーのあしらわれた黒いムートンのコートをしっかりと着こんで、鼻を赤くしながら海岸沿いの道を歩く靴は…彼のお気に入りのショート・ブーツだ。

近すぎず、遠すぎない距離で彼の隣を歩く。
目立たないように、しかし地味ではないベージュのトレンチ・コート。自分にしては強気のハイカット・ブーツを履いて。このまま何処まででもいける、なんてインディーズ・バンドの様な気分に浸れる。

「ちょっと、明るくなりましたね」
「そうやなぁ」
水平線の向こうが、乳白色に白む。
風は強かったが、その分空は雲ひとつ無く夜の終わりの星空が微かに瞬いている。

砂浜へと下りて、日の出を見ていると現実感が薄れていくのを感じた。
温もりを求めて、隣の恋人の腰に腕を回せば甘えるように頬を寄せられる。
冷えた鼻に口付けしてやり、前を向けば今年初めての陽が登った。
「ふふ、馬鹿みたいですね。こんな寒い思いをして…部屋からでも日の出なんて見えるのに。」
「海が見たかったんやろ?」
自嘲的な笑みに、眼鏡越しの視線を合わせて問いかける。
「お前が、海に行きたそうにしとったから。」
なんでもないように呟くと、僅かに口角を上げて笑ってみせる。

伏せられた瞼から伸びる睫毛の影を眺めて、改めて抱きしめる。
有名な文学ならここで自分たちは死ぬべきだったが、そういう訳には行かなかった。



ノット・スタンダードな自分たちの足跡が砂浜に残る。
来年も二人で来れたら、なんて約束は出来ないから何も言わずに太陽に背を向けた。



















2016/01/01
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