FRIDAY BOOGIE
「あー…お腹すいたな…」
部活後、球拾いをしていた伊武が呟くと、部員たちの眼が集まった。
金曜日の放課後、一週間の疲労の溜まった体を極限まで動かした部活も終わり、成長期の体は皆して空腹を訴えていたのだ。
「深司!わざわざ言わなくても皆知ってんだよそんな事!」
自分の空腹を改めて自覚するようで嫌だと神尾が喚くが、伊武のぼやきは止まらなかった。
「でも俺今月金欠なんだよ…家に帰るまで何も食べられないなんて…現代日本で行き倒れろって事だよね…自分が悪いのは解ってるけど、お小遣い使い前借りとかさせてくれても良いのにさ…」
帰るまでこのぼやきを聞かされるのか、内村と森は互いに目を合わせて溜息をついた。
「どうしたんだ?なんだか空気が淀んでるぞ。」
「あ、橘さん。」
部長である橘の声が聞こえ、石田は救世主を見るかのように手を合わせた。
「深司のやつがまたボヤきだしたんです。腹が減ったとかで…」
橘が校舎の時計を見ると、もう六時を過ぎていた。そうか、と頷き桜井の肩を叩く。
「みんなご苦労だった、コートも綺麗になったことだし今日の部活は終わろう。」
部員たちの歓声が沸き、黒い集団は家路についた。
「深司、家に帰る前に俺の所に寄って行かないか?」
橘が問うと、伊武は少し困ったような顔で答える。
「橘さん…有りがたいんですが、俺今日はもう一歩も動けそうに有りません。」
「家に辿りつくのも怪しいってさっきからボヤいてるんですよ。」
神尾が茶々を入れてくるのを笑いながら聞き、周りに聞かれないようそっと呟いた。
「昨日の残りで良かったらオカズを持って帰らないか?作りすぎてしまったんだ。」
言った途端に伊武の眉が上がる。顔には出ないが喜んでいるらしい事が伝わった。
「あっ!ずるい!! 橘さん俺も!」
神尾の煩い声が、部員たちの注目を集めてしまった。
「抜け駆けは良くないぞ、深司」
内村の声に桜井が頷く。
言い出した橘もやれやれと頭を掻いた。
全員の分は流石に無い、これは何かフォローを入れなければと思うが部員たちの何かを期待する眼には負けてしまった。
「お前たちの分も作ってやるから…今から皆で家に来い。」
困ったように溜息をついたが、意外と楽しんでいる自分が居ることに気が付いた。
「橘さん…」
内村が帽子に手をやりながら小さく呟いた。
「トマトとアスパラ、入れてください。」
苦笑しながらその頭を撫でる。
全員分の希望に答えるとなると、大変な仕事になるが…。
今日は金曜日だ。もう少しだけ、頑張ってみようと橘は思った。
2016/01/01