『番外編』
2011☆SUMMER1
午前1時過ぎ、繁華街の大通りから1本外れた路地にあるCLUB ONE、飾り気のないシンプルな銀色のドアを照らす明かりが消えた。
店内では一日の営業を終え、入店して日の浅いホスト達が後片付けをしている。
雑然とした店内の一番奥、ソファにだらしなく身体を投げ出して、片手で顔を覆っているのは、この店のナンバーワンホスト。
「陸ー、水だぞー、飲めー」
名前を呼ばれて、のっそりと身体を起こした陸は、テーブルの上に置かれたなみなみと水が注がれたジョッキを見るとゆっくりと顔を上げた。
「彰さん。俺、愛されてない」
持ち上げるだけで零れそうなジョッキを指差して呻く。
「愛だろー愛。俺のお前への愛は、溢れんばかりだ。飲め」
店のキッチンチーフでもあり、オーナーと旧知の仲でもある彰光は、タバコを咥えたまま、豪快に笑うと陸の横にどかりと腰を下ろした。
「嬉しくねぇ……」
文句を言いつつも、水を零さないようにそっと持ち上げた陸は、喉を鳴らして3分の一ほどを飲んだ。
「ふう」
一息吐いてジョッキをテーブルの上に戻すと、陸はネクタイを抜き取りシャツのボタンをいくつか外して、倒れ込むようにソファに身体を預けた。
いつもなら閉店後、すぐにタクシーを呼んで、誰よりも先に帰る陸が店内いることに、掃除をしている若いホストが物珍しそうにチラチラと見ている。
そんな後輩達に先輩風を吹かせている悠斗と、悠斗をからかって(バカにして)いる響をボンヤリと眺めていた。
「大丈夫か?」
「あー、まあ、なんとか」
横に座った彰光に聞かれ、陸は苦笑いを浮かべながら頷いた。
週末でもないのに客の入りが良く、比例して指名数も多かった。
いつもなら平気でこなせる量の酒も、調子が悪かったのか、情けないことに最後の客を送り出したことも覚えていない。
「今日ってイベントじゃないっすよね?」
「そうだな」
水を飲んだおかげか、いくらかスッキリした頭を片手で押さえ、陸は今日の客達の顔を思い出した。
「なんか……みんなキャミソール姿だった気がする」
キャミソールデー?
ここがホストクラブだということも忘れ、そんなバカげたことを考えたのは一瞬だった。
「そうなんかー? まぁ、夏だしな」
「ですね」
彰光の言うことは尤もだった。
数日前に例年よりも早く梅雨が明け、朝から憎らしいほど眩しい太陽が顔を出している。
「だから、みんな髪もアップにしてたのか」
自分を指名する客が揃いも揃って、同じような格好をしていたことを、夏だからという単純な理由で片付けようとした時だった。
さっきまで悠斗をからかって遊んでいた響が、いつの間にか目の前まで来ていて、呆れたように溜め息を吐いた。
「陸さんが言ったんじゃないですか」
「俺? 何か言ったか?」
記憶力に自信があるわけじゃないが、この仕事を始めてからは意識して覚えるようにしている。
その小さな努力が給料という、目に見える形となって返ってくるからだ。
「二日前、でしたよ」
響は縁なしの眼鏡のブリッジを指で上げると、その指をわざとらしく顔の前で立てて話を始めた。
「ボーナスが入ったからと、お友達を連れて来店された真帆さん。覚えていませんか? 俺がヘルプに入った」
名前を出されても、パッと顔が出てこない、おまけに響がヘルプに入るなんて滅多にないことだ。。
覚えてないわけじゃない、これは飲みすぎた酒のせいだと自分の中で言い訳をして、陸は温くなり始めた水を一口飲んだ。
「キサラギにお勤めの、背が高くてスタイルの良い方です。同じ職場の後輩お二人を連れていらしてたじゃないですか」
何もかもお見通しだと言わんばかりに、響は表情も変えずに、陸が必死に思い出そうとしていたことを口にした。
そこまで言われてハッキリと思い出した。
髪が長くてスラリと背の高い女性、年齢が自分よりも十歳近く上で、綺麗だけれどやたら押しが強くて酒癖が悪い、結婚に焦っているくせに合コン好きで、三度の飯よりイケメン好き、ホストクラブに来るけれどのめり込むことはない。
周りに与える印象より、中身は意外なほどしっかりした女性だ。
自分の頭の中にある、客ファイルに収められた情報を引き出して、二日前の記憶もようやく蘇ってきた。
「ホストクラブが初めての後輩二人と来たっけ。ホストなんて興味なさそうだったけど、やたらホストクラブのシステムについて興味津々だった美少女系の子と、終始緊張しっぱなしだった可愛い子」
「そうです。そこまで思い出したのに、まだ思い出せませんか?」
その日の客と今日の客達の様子、どこでどう結びつくのかまったく分からない。
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