『番外編』
星に願いを9
「あの後家に帰ってお父さんにすっごい怒られたの!」
助手席に座り走り出した車の中で真子は両手を合わせて思い出し笑いをした。
あの時は怒られるのを覚悟して帰ったけれど、思った以上に怒っていた父親に泣いてしまった。
辛かった思い出も今となっては笑って話せるようになったのだから、今の自分はとても幸せなのだと改めて感じることが出来る。
「泣いたせいで次の日は顔がパンパンに腫れてたな。ああ……顔が腫れてたのは泣いてたせいじゃな……ッテェ!!」
ハンドルを握る雅樹の軽口に真子は容赦なく頬を抓った。
散々恥ずかしい思い出話を口にした真子にせめてもの仕返しをしたつもりの雅樹は思いがけない反撃に不機嫌そうに唇を曲げた。
「昔はもっと可愛かったのに……ったくどうしてこんな風になったんだかな」
独り言にしては大きすぎる雅樹の言葉に今度は真子が唇をへの字に曲げた。
「誰かさんに10年も放っておかれたせいじゃないですか?」
それは禁句だった。
車内に気まずい空気が漂い、重苦しい沈黙に耐え切れず真子はすぐに謝った。
「ごめんね、違うからね? ほんとに……そんなつもりじゃなくて……」
「バカ、何マジになってんだよ。そんなことよりあの時した約束覚えてるか?」
「や……くそく?」
「まさか覚えてない、とか言うじゃねぇだろうな」
「ち、違うよ!」
運転席から疑うような視線を向けられて慌てて首を横に振った真子は雅樹がその約束を覚えていたことに驚いていた。
正直なところ今日が何でもない日であの日のことを思い出さなければ、きっと思い出さなかったと思う二人で交わした小さな約束。
「ま……見えるかどうか分かんねぇけどな」
いつの間にか厚さを増した雲に覆われた空をガラス越しに見上げた。
『七夕はここに来ようね。来年も再来年もずっと……約束だよ、雅樹』
『ああ、約束な』
二人だけの秘密の約束が嬉しくて、早く七夕が来ないかと願っていたはずなのに、その後の色んな出来事に忘れてしまっていた。
「見えなくてもいいよ。雅樹ともう一度あの場所に行けるんだもの」
「これから何度だって連れてってやるよ。一年に一回、七夕の日くらい昔に戻ったって誰も文句言わねぇだろ」
「……雅樹って意外とロマンチスト、だよね?」
「何か言ったか、バカ真子」
雅樹の照れ隠しは聞き流し、真子は熱くなった頬に手を当てながら流れる景色に視線を向けた。
(どうしよう……すごく幸せ)
あの時のような不安を微塵も感じず真子の心は幸せに満たされていた。
大人になって書き換えられた七夕の願いは今度こそ叶えられるに違いない。
end
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