『番外編』
春がさね12
静かに駐車スペースに車を停めエンジンを切った。
熟睡してしまったのかマンションへ戻る間一度も目を覚まさなかった麻衣は今も気持ち良さそうに寝息を立てている。
「困ったな」
麻衣のシートベルトを外しながら思わず呟いてしまった。
ここまで気持ち良さそうに眠っている麻衣を起こすことはしたくない。
さすがに眠っている麻衣を抱きかかえて起こさず部屋に運ぶのは難しい、でもここに麻衣を寝かせておくわけにもいかない。
少しの間悩んだ末に麻衣の肩に手を置いて静かに揺らした。
「麻衣、麻衣?」
「……ん」
ちょうど眠りが浅かったのか俺の声にすぐに応えた、小さく身じろいだ麻衣のまつ毛が震えゆっくりと持ち上がる。
寝ぼけ眼の麻衣は焦点が合うまでボンヤリしていたが、覗き込む俺と目が合うと顔を綻ばせた。
「着いたよ」
俺の言葉に慌てて窓の外に視線を走らせた麻衣は少しだけ不思議そうな表情を見せたがすぐに思い出したようだった。
「私……お店で……」
「俺がいないのにたくさん飲んだね?」
わざと咎めるような声を出すと麻衣は気まずそうな顔をして俺の視線から逃げる。
「でも……」
ん? 言い訳するつもりかな?
こういう時は決まって大人しく自分の非を認める麻衣だけに「でも」という言葉は意外で驚いた。
「今日はお祝いだって、聞いたから……」
「あー……」
麻衣の言い訳らしき言葉に思わず天を仰いだ。
やっぱり誠さんの話を真に受けて信じてたのか。
単純……いや素直な麻衣だから仕方ないのかもしれないけれど、ここはちゃんと言っておくべきことは言っておこうと思った。
「麻衣は誠さんの言葉を信用しすぎ」
「?」
なぜそれがいけないことなのか、疑いもしない麻衣にため息を吐きたくなった。
「……もしかして、陸怒ってる?」
「え?」
どうやって麻衣を納得させようかと頭を悩ませている所へ唐突にそんな事を言われたせいか意味が理解出来なかった。
「仕事だったのに私のせいで帰って来たんだよね? あれ……でも車……?」
「あ、いや……えっと」
今回のことは全面的に自分に非があると思っている麻衣に顔が青ざめた。
よもや自分が麻衣とイチャイチャしたいが為に休みを取るために画策して、その結果そんな自分を懲らしめるために嘘の情報で呼び出された、いわば囮(餌)だなんて思いもしないだろう。
これは、まずい……。
事情を話してしまえば状況は一転することは間違いない、そして折角二人でいい雰囲気の夜を過ごすはずが、今から嫌というほど麻衣のお小言を聞かされることになってしまう。
うー……ごめん、麻衣。
心の中で手を合わせながら顔には笑みを浮かべて麻衣の髪を手で梳いた。
「怒ってないよ。麻衣が心配だっただけ。部屋に帰ろう?」
これでもかというほど優しい声は良心の呵責の表れ。
信じて疑わない麻衣に心を痛めながら車を降りた俺はあることに気が付いた。
麻衣の酔いはどうやら醒めているらしい、喜んでいいのかガッカリしたいのか、複雑な思いのままエレベーターへと乗り込んだ。
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