『番外編』
春がさね6
夕方のラッシュを甘くみていた。
麻衣の会社に着いた時には既に麻衣の姿はなく、少々がっかりしたけれどすぐにマンションへと向かった。
そうだ……遅くなったついでに麻衣が見たいって言っていた洋画のDVDを借りていこう。
ソファで並んで座って、いや……抱っこしながら見るのも悪くないよな。
ラブストーリーだからいい雰囲気になったら、そのままベッドか風呂だな……。
思わずグフフといやらしい笑いが零れてしまう。
混みあう幹線道路もこの後の楽しいことを考えれば苦にならず、鼻歌交じりで愛しい人の元へと向かった。
エレベーターを待つ間に手に持っている物を確認する。
ラブストーリーの洋画と見たかったドラマシリーズ完結編の邦画、少し甘めで麻衣好みのワイン、ドラッグストアで購入した二人が愛し合うための必需品はもちろんお徳用、そして今日のメインの「春がさね」だ。
よし、完璧!!
確認し終えたところでポーンとエレベーターの到着音、「待っててね、麻衣」と呟いて乗り込んだ。
いつもの上昇スピードもドアの開閉さえももどかしく感じ、エレベーターから部屋まではつい早足になってしまう。
心なしか乱れた呼吸を整えるために一呼吸を置いてインターホンを押そうと指を伸ばしたがためらった。
驚かせるのも悪くないよな?
寝室で着替えてたりしたらラッキー、その時はそのまま押し倒してしまおう!
邪な下心で音を立てないよう細心の注意を払いながら鍵を開け玄関へと体を滑り込ませた。
あれ?
玄関に入ってすぐに気が付いたのは部屋が静か過ぎること、そして視線を下ろせば足元にはいつも通り一足もない。
「なんだ……俺の方が早かったんだ」
肩透かしを食らって身体から力は抜けたものの、何も知らず帰ってくる麻衣を出迎えるのも悪くない。
そして待つこと……30分。
遅いよな……もう帰って来てもいい頃なのに、買い物でもしてるんだろうか。
待つ時間は最初の10分はワクワクしていたけれど、その後は焦れ焦れとしてテレビの音さえも耳に入って来ない。
「電話……してみるか」
携帯を取り出して電源を切っていたことを思い出し、麻衣へと電話を掛けてみたけれど繋がらない。
呼び出し音が鳴らずすぐに流れる留守番電話のアナウンスに胸騒ぎを覚えた。
麻衣……?
何かあった?と一瞬不安が頭を過ぎったがすぐに打ち消した。
きっとまた充電が切れたんだろう、しっかりしているはずの麻衣なのに時々おちょこちょいなところもあるし、充電しないで仕事に行ったかもしれない。
もう少し待ってみよう、ざわつく心を何とか宥めて携帯を閉じた。
そしてさらに待つこと……30分。
遅い、遅すぎる……いくら何でも遅いだろっ!!
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