ツイてる乙女と極悪ヒーロー【7】
大きく、ゆっくりと深呼吸をしてから、閉じていた目を開けた。
やっぱり、いる。
実際にこの目で見ていても、すぐには受け入れ難くて、冷静になろうとしたけれど、結果は同じだった。
次郎が私の部屋にいる、しかも半透明の姿で。
生きていた頃のように部屋に入って来るなり、ベッドに寝転がるようなふざけた真似はしていないけれど、空中にフワフワ浮かび、あげくは「こんなことも出来ちゃうぜー」とか言って、空中でクルリと一回転して見せる。
「で、どーしてこんなことになってんの?」
自分がかなり冷静なことに驚いている。
目の前に浮かんでいるのは、間違いなく人間ではない。
こんなこと非現実的過ぎるはずなのに、たとえ身体が透けていても次郎は次郎だという実感に、どうしてもホッとしてしまう。
「状況分かってんの?」
(おー分かってる。死んだー。んで今日葬式で……って、久々に兄貴見たけどさー、相変わらず彼女の一人もいなそうな感じだったよなー。ったくさー、俺より顔は少し悪いだろうけど、そこそこイケてんだか……」
「じーろー! 今はそんなこと聞いてない!」
驚くほどのマイペースっぷりに、怒るよりも呆れて脱力した。
こういうとこ、昔から変わらない。
何かトラブルが起きても、次郎がいるだけで本当に何とかなった。
頼りになるような存在でもないのに、その能天気っぷりにどんな状況でも悲観的にならず、心細さを救ってくれたか分からない。
「ったく、どうしてこんなことに……」
疲れたというよりは、ドッと力が抜けてベッドに腰掛けた私は、上の方で浮かぶ次郎を手招きした。
次郎は音もなく、ふわりと目の前に下りてくる。
「あのさ、単刀直入に聞くけど、あんた成仏出来てないの?」
目線が同じになった次郎を正面から見つめると、次郎は珍しく真剣な表情で口を閉じた。
沈黙が少し重苦しい。
もしかして、幽霊に対しては禁句の質問だったのかもしれない。
謝ろうかそれとも強引に話題を変えようか、心の中で葛藤していると、次郎は空中で胡坐をかいたかと思うと、胸の前で腕を組んだ。
(知らん!!)
偉そうに断言した次郎に、怒る気も起きなかった。
(死んだら誰でもこーなんじゃねーの?)
「そんなわけないでしょ。もしそうだとしたら、頭の上は死んだ人だらけで、心霊写真撮り放題でしょうね」
ヤケになって適当に言えば、次郎は手を叩いて喜んでいる。
(あはは、それいーなー。霊の集合写真とか撮れるんじゃねー?)
「笑いごとじゃないわっ!!」
一喝しても次郎は反省した様子もなくヘラッと笑った。
死んだばかりの人間(もう人間じゃないけど)とは思えない、交通事故なんてもので突然死んでしまったら、きっと私なら悔やんでも悔やみ切れない。
17歳ならもっともっとやりたいことだっていっぱいあったはずなのに……。
「ねぇ、次郎。死んじゃったのに、どうしてそんなに……」
平気なの?と聞こうとして、あまりにも無神経な質問だと気付いて、最後まで言わずに途中で止めた。
ヘラヘラしていたって平気なわけがない。
今までに辛いとか苦しいとか(勉強以外で)次郎の口から聞いたことがない。
いつも明るくて、自然と周りに人が集まって来るけど、その心の内では周りが気付かないような痛みや苦しみを抱えているかもしれない。
きっと今も悲しみを胸の中に隠して……。
やり切れないだろう次郎の気持ちを思って、再びじわりと涙が滲み始めた時だった。
(死ぬの早すぎたよな、ほんと)
ポツリと漏らした次郎の言葉に、全身にぶわぁっと鳥肌が立ち、瞳を覆う涙の膜が分厚くなる。
本当に早すぎだよ……。
次郎が死んでから何度も思ったことを、本人の口から聞いてやり切れない思いが込み上げる。
(なんで亜里沙ちゃんのGカップを揉む前に死ぬかなー、俺。すんげー間抜けじゃね? 部屋に行ってエッチするとこだったんだぜ? どうせ死ぬならあのおっぱいで窒息したかった!)
耳を疑った。
今度だけは幻聴だと思いたかったけれど、幽霊のくせによく通る声は、悲しいくらいハッキリと私の耳に届いた。
さっきまでのしんみりした空気はなんだったの?
沸々と込み上げる怒りは、次郎に目の前で胸を揉む仕草を見せられて、一気に沸点を超えて爆発した。
「次郎のバカ! いっぺん死んでこいっ!」
(ハナー、お前バカだなー。もう死んでんだってー)
「うっさい! じゃあ、さっさと成仏しろ!」
この三日間で流した涙と、悲しみに明け暮れた時間を返して欲しい。
ここまでバカだったとは……。
幼馴染みという関係を壊したくなくて、初めて抱いた恋心を打ち明けなくて良かったと、今になって初めて思った。
死んでしまったと聞いた時には、こんなことなら思い切って打ち明ければ良かったとも考えたけれど、そんな血迷った真似しなくて大正解だった。
(成仏ってどうやんのか分からないんだってー)
バカがまだ喋ってるけど、もう返事をする気力もなく聞き流していると、次郎は今日一番の爆弾を投下した。
(だからさー、ハナ〜、お前に憑くことにしたー)
つく? 突く? ツク? 付く?
頭の中に「憑く」という漢字が浮かぶと、私の頭は完全に容量オーバーしてしまい、怒涛の一日は気を失うという形であっけなく幕を閉じた。
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