緋の邂逅 第一話
 伸ばされた手を弾く乾いた音が教室中に響いた。

「気安く触るな!」

 金髪・碧眼の転校生の登場にざわついていた教室は、一転して水を打ったようにしんとなった。

 その後に早口で呟かれた英語は、そこにいた誰一人として聞き取ることは出来なかったが、それが嫌悪感を表す言葉だったことは表情から察することが出来た。

「い、井上さんっ! 早く席に戻りなさい!」

 突然の騒ぎにようやく我を取り戻した女性担任は、事の発端になった井上心愛(イノウエココア)を厳しい声で促した。

 心愛は斜め上にある金髪・碧眼の転校生の顔をもう一度見た。

(そっくりなのに……)

 心愛はずっと忘れる事のなかった記憶の中の人物と転校生の顔を頭の中で比べた。

 教室に入って来た彼を見た途端、まるで体に電流が走ったような衝撃を受けた。

 あの時出逢った人とあまりにそっくりで、心愛は喜び勇んで立ち上がると駆け寄って抱き着こうと手を伸ばした。

 だが疎ましい視線を向け一喝されると、伸ばされた心愛の手は勢いよく弾かれた。

「で、でもぉ……」

「井上さんっ!!」

 その場を動こうとしない心愛に、担任はとうとう女性特有の金切り声を上げた。

 その声にビクッと体を震わせた心愛だったが、どうしてもその人が別人だとは思えず、もう一度彼の顔を見上げたが、視線さえも合わせてもらえず、体の向きを変えて自分の席に戻るしかなかった。

 一番後ろの席に戻る間、教室のあちこちからせせら笑う声が聞こえて来る。

「出ちゃったよぉ〜、井上の運命の王子様話。ほんとやばいよねぇ〜、きちゃってんじゃねぇのぉ?」

「病院で頭ん中、見てもらえよぉ」

 男子生徒の馬鹿にした声に教室内はドッと沸いた。

(嘘じゃないのに! ちゃんといるのに!)

 言い返すことも出来ず、下唇を噛みしめてスカートを握りしめた。

 そうしていないと、悲しいよりも悔しい涙が零れてしまうからだ。

「仕方ないんじゃないー? 一人ぼっちでいたら夢だって見たくなるんだからぁ」

 一人ぼっちという言葉が胸の奥深くへと突き刺さる。

 一人ぼっちになってからだいぶ経つ、平気だと思っていても、第三者から直接的な言葉をぶつけられるとやっぱり辛い。

「かわいそうな奴は、何言っても許されていいよなぁ」

 教室のどこから聞こえた声か分からない、ボソッとした呟きに堪えきれず息を呑んだ。

(かわいそうなんかじゃないもん)

 このまま教室を飛び出しても、家に帰ることは出来ないし、そんなことをしたら迷惑がかかることも分かっている。

 泣かない、泣かない、何も恥じるようなことはしていないと、自分に言い聞かせて、やっと自分の席が見えて来た。

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